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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗

第33回

Resolution:その翻訳、「解像度」は足りていますか?

訳文が不自然な理由

「単純に言葉を置き換えるのではなく、イメージとハートを伝えようとしてください」。担当する翻訳レギュラーコースの授業で、私は毎回のように、時には自作のスライド資料をお見せしながら、これを口酸っぱく言っています。

その甲斐も多少はあってか、コースを終える頃には皆さん最初と比べて見違える翻訳をしてくれるようになります。たとえば英日翻訳の場合、英日辞典から訳語を選択するのではなく、自分の言葉で表現しようとする意識を感じます。

ただ、コンスタントに自然な訳文を書けるという人はなかなかいません。原因はさまざまで人によりけりではありますが、ほぼ全員に当てはまるのは読解の「解像度」が不十分なことです。

解像度は本来画像の画素密度を表す用語ですが、最近は「理解・状況把握の精度やそれに基づく説明・描写または言語化の鮮明さ」を表す言葉として使われるようになりました。

たとえば「思考の解像度を上げる」、「人生の解像度が上がった」「解像度の高い解説」のような使い方をします。

翻訳では「イメージを伝える」ことが重要なわけですから、本来の意味での解像度が求められます。つまり、おぼろではない、解像度の高いイメージを伝える必要があるということです。

ただ、そのためには新しい意味での解像度が必要になります。鮮明なイメージを伝えるには、まずそれを自分の中で構築しなければなりません。構築というより、原文があるわけですから、再現するということでしょうか。そしてイメージを隅々まで正確に再現するには、原文を高解像度で理解する必要があるというわけです。

解像度を上げるには

簡単にいえば、大多数の人は読解力がまだまだ不足しているということです。皆さん文法知識や読解テクニック、語彙力はかなり高い水準にあるものの、原文の難易度が上がると300ワード前後の原文でも何かしらの解釈ミスが出てしまいます。

解釈に問題がない場合でも、理解がおぼろだと再現するイメージもおぼろになり、それだと誤訳とまではいかないにしても、自分の言葉で伝えられずに言葉の置き換えにとどまります。

では、理解の解像度を上げるにはどうすればいいでしょうか。何の面白みもない答えになってしまいますが、やはり習慣的・継続的に英語を浴び、その中で語彙力を高めながら「調べる」「考える」といった工程を減らしていくしかありません。

調べることや考えることはもちろん大事です。しかし、語句の意味を調べ、細部について考えるたびに、文脈を見失って全体像から離れてしまいがちです。

たとえば、not uncommon のような表現が出てきて「uncommonは普通じゃない、それを否定してるから二重否定で普通ってことか」といちいち立ち止まっているようではまだまだです。こんな頻出表現は新聞などを習慣的に読んでいれば毎日のように出てくるわけですから、「よくあること」という日本語にわざわざしなくとも、その意味がさっと入ってくるようでないといけないわけです。

こんな文章はどうでしょう?

In short, conservationists are being forced to think outside the box. And given the multitude and urgency of threats wild flora and fauna face, the stakes of their initiatives have never been higher.
But neither has the risk of error.

「つまり、保護活動家は常識にとらわれずに考えることを迫られている。そして野生動植物に対する脅威の大きさと切迫した状況を考慮すると、その取り組みの重要性はかつてなく高い。
ただし、誤りを起こすリスクもかつてなく高まっている。」

(The New York Times “Humans Have a Long History of Making ‘Very Bad Decisions’ to Save Animals” By Tim McDonnell Sept. 16, 2022より)

最後の But neither has the risk of error. で考えてしまうようならまだまだです。neitherを主語に「いずれにもエラーのリスクはない」のように解釈してから、それでは意味が通らない、ちょっと考え直してみよう、というわけです。

これは倒置と省略を含む文(But the risk of error has never been higher, either.の変形)で、そう説明すると「なるほど」と皆さん納得されます。文法知識は十分にあるわけです。さっと読めるか、説明を聞いて納得するかの違いは、その知識を引っさげて大量の文章に触れるか、ただ引っさげて使わないままでいるかの違いです。

「調べる」「考える」をできるだけ減らしてスムーズに読解することで全体像を含めた解像度が上がり、「あとは自分の言葉で表現するだけ」という状態になります。自然な訳にするには、この境地にたどり着く必要があるのです。

英語で表現するなら

「高い解像度で理解する」を英語で言うならunderstand it in detail/thoroughly、 あるいは以前扱ったinsightを使ってhave deep insight into itのように表現するのが自然で一般的でしょう。

ただ、resolutionをそのまま使ってunderstand it in high resolutionと表現しても十分理解できるでしょうし、commonな言い方ではないもののcreativeな印象を与えられます。

実際、Our campaign focuses on delivering high-resolution brand messages that resonate deeply with our target audience.(解像度の高いブランドメッセージを届ける)のように、resolutionを新しい意味の解像度に使っている例もあります。



参考文献
McDonnell, T. (2022, September 16) Humans Have a Long History of Making ‘Very Bad Decisions’ to Save Animals. The New York Times.
https://www.nytimes.com/2022/09/16/opinion/conservation-ethics.html

村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。

村瀬隆宗のプロの視点のアーカイブ

第33回:Resolution:その翻訳、「解像度」は足りていますか?

第32回:Frailty:フレイルと猛暑そして大統領選

第31回:Special moment:「特別な瞬間」よりも自然に訳すコツ

第30回:Another Version of Me:違う「世界線」の自分

第29回:Inflection Point:いつか翻訳が通訳に繋がると信じて

第28回:Hallucination:生成AIとの付き合い方

第27回:opportunity:ただの「機会」ではない

第26回:Insight:洞察?インサイト?訳し方を考える

第25回:Share:provideやgiveより使われがちな理由

第24回:Vocabulary:翻訳者は通訳者ほど語彙力を求められない?

第23回:Relive:「追体験」ってなに?

第22回:Invoice:なぜ「インボイス制度」というのか

第21回:Excuseflation:値上げの理由は単なる口実か

第20回:ChatGPTその2:翻訳者の生成AI活用法(翻訳以外)

第19回:ChatGPTその1:AIに「真の翻訳」ができない理由

第18回:Serendipity:英語を書き続けるために偶然の出会いを

第17回:SatisfactionとGratification:翻訳業の「タイパ」を考える

第16回:No one knows me:翻訳と通訳ガイド、二刀流の苦悩

第15回:Middle out:トップダウンでもボトムアップでもなく

第14回:Resolution:まだまだ夢見る50代のライティング上達への道

第13回:Bird’s eye view:翻訳者はピクシーを目指すべき

第12回:2つのquit:働き方改革と責任追及

第11回:Freelance と “Freeter”:違いを改めて考えてみる

第10回:BetrayとBelie:エリザベス女王の裏切り?

第9回:Super solo culture:おひとりさま文化と翻訳者のme time

第8回:Commitment:行動の約束

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第6回:Anecdote:「逸話」ではニュアンスを出せません

第5回:Meta:メタ選手権で優勝しちゃいました

第4回:For〜木を見るために森を見よう〜

第3回:Trade-off〜満点の訳文は存在しない〜

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第1回:Principle〜翻訳の三原則とは〜

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