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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗

第34回

EqualityとEquity:そしてFairness、Justice

男女に同じ距離を走らせるのは平等か?

クイズ番組が好きでした。たとえば「アメリカ横断ウルトラクイズ」。知力・体力・時の運、というキャッチフレーズが表すように、物知りなだけでは勝てない、というのも面白さの一要素でした。いつか自分も出場したい、と思っていました(今でもちょっと思っています)。

その伝統を継ぐ「高校生クイズ」が最近放送されていました。昔に比べて女子参加者がかなり増え、女子だけのチーム(3人1組)もいくつか健闘していました。クイズの世界でジェンダー平等が進んだ結果でしょうか。

知力だけでは勝てない、という要素も受け継がれています。たとえば、吊り橋の中央に設置された早押しボタンに向かって、対戦する2チームが橋の両端から走るというステージ。問題の途中でも答えが分かったらスタートでき、先にたどり着けばボタンを押して回答権が得られるというわけです。

ルールはどうするんだろう、と思いました。たしかに体力も勝負の要素とはいえ、高校生ともなると男女間でかなり走力差があります。それに配慮するのか、しないのか。結局、早押しボタンまでの距離は男女とも80メートルとのことでした。

これはどうなんでしょう?たしかにequal(平等)と言えるかもしれません。「80メートル走ればボタンを押せる」という、同じ機会を全員に与えているわけですから。状況やもともとの差に関係なく等しい機会を提供する、それがequalityです。

ただ、男子だけのチーム、女子だけのチームもあるなかで、性別による走力差があるとすればfair(公平)ではありません。たとえば高校3年生の50メートル走の平均タイムは男子が7.45秒、女子が9.08秒です(2022年度、スポーツ庁調べ)。

単純計算で、平均的な男子が80メートル走る間に、平均的な女子は65.6メートルしか走れません。ならば、女子に15メートルほどのアドバンテージを与えては?状況やもともとの差を考慮して機会を等しくする、それがequityです。

たとえば、女子に有利なステージがあるなど、女子メンバーの多寡が「時の運」と言えなくもないのであればequalityでも良かったかもしれません。そうでないなら、その不利を考慮するequityに基づくルールだったほうが良かったのではないかと、個人的には思います。

Fairness、Justiceとは?

でも、同じ男子でも体力、走力は人それぞれですよね?それに配慮した上で「どれだけ頑張ったか」で勝負を決めたほうが、よりフェアでは?

これはかなり極端かもしれませんが、fairnessは「誰と誰の間はフェアかどうか」のように、比較対照の個人間で語られがちです。一方、equityはジェンダーや人種など、グループ間について語られることが多いように思います。

fairnessにしてもequityにしても、全人種間のような「全体的公平」を表す場合は、「公正」という言葉のほうが訳として適切なこともあります。

では、justiceはどうでしょうか。比較するのであれば、諸事情を考慮して機会を等しくする(level the playing field)のが公平あるいは公正なら、機会が等しくなかった根本原因を究明し、是正するのがjustice(正義)という言い方もできるでしょう。

クイズ番組でこれをたとえるのは無理があるかもしれませんが、たとえば女子の体力ハンデを理解できる女性スタッフを増やす、あるいは女子出場者の声やフィードバックにもっと耳を傾けるというのも、justiceでしょうか。

クイズ番組出場を夢見る私も、fairな体力勝負に備えて鍛えなきゃですね(50メートルは6.5秒だったので昔はかなり速かったんですよ!)。

村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。

村瀬隆宗のプロの視点のアーカイブ

第34回:EqualityとEquity:そしてFairness、Justice

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第31回:Special moment:「特別な瞬間」よりも自然に訳すコツ

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第18回:Serendipity:英語を書き続けるために偶然の出会いを

第17回:SatisfactionとGratification:翻訳業の「タイパ」を考える

第16回:No one knows me:翻訳と通訳ガイド、二刀流の苦悩

第15回:Middle out:トップダウンでもボトムアップでもなく

第14回:Resolution:まだまだ夢見る50代のライティング上達への道

第13回:Bird’s eye view:翻訳者はピクシーを目指すべき

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第5回:Meta:メタ選手権で優勝しちゃいました

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