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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗
第39回
Ability, Capability, Capacity, Competence:AIを駆使してAIに勝つ
人間にしかできない翻訳
「今後はAI翻訳を利用するので、もう翻訳してもらわなくていい」。社内で翻訳業務に携わっていたのに、お役御免になった。私の翻訳講座に熱心にご参加いただいた受講生さんから、ショッキングな体験としてこんなお話を伺いました。
AIサービスの高性能化に伴い、自動翻訳の精度も上がっているのかもしれません。そして、今後も上がっていくでしょう。ただし、単なる語句や文の置き換えではない、本当の意味での翻訳、すなわち「イメージ+ハートを伝える」翻訳は、人間にしかできない。その翻訳力を身に着けることで、AI時代でも活躍できる翻訳者になりましょうと、講座では繰り返しお伝えしています。
そのような翻訳をする上では、原文を訳文にダイレクトに置き換えるのではなく、2つのステップを踏むことになります。
ステップ1:自分の脳内で、原文のイメージを隅々まで正確に再現する。
ステップ2:そのイメージを、原著者のハートを乗せつつ、自分の言葉で描写する。
ステップ1ではインプットのボキャブラリー、ステップ2ではアウトプットのボキャブラリーが求められます。そして、大体の意味だけでなくニュアンスの把握も含めた、高度な語彙力が必要になります。
となると、類義語の区別は重要です。英日なら英語語句のニュアンスの違いを知っていないとイメージを正確に再現できませんし、日英なら使い分けができないと適切に描写できません。
それに役立てられるのが、AIサービスです。
「能力」を意味する4単語の違い
例として、ability、capability、capacity、competenceの違いを調べてみましょう。シソーラス、類語辞典というものもありますが、たいていは説明が不十分、あるいは自分が知りたい語句が載っていません。そこで、英英辞典を引いてみます。
Oxford Learner's Dictionary
ability: the fact that somebody/something is able to do something
(何かをすることができるという事実)
capability: the ability or qualities necessary to do something
(何かをするのに必要な能力や資質)
capacity: the ability to understand or to do something
(何かを理解するまたは行う能力)
competence: the ability to do something well
(何かをうまくやる能力)
下線部が差異ということになり、意味の違いが何となくわかります。ただ、ニュアンスをもっと明確に理解するには、意味の違いだけでなく、能力は能力でもそれぞれどういう面に注目しているのか、つまり「それぞれのフォーカスはどこにあるか」を知りたいところです。そこで、ChatGPTに聞いてみます。
Q: Can you explain the differences among these words: ability, capability, capacity, competence, and competency?
A:(抜粋)
ability (skill/talent): What someone can do right now
(いま現在できること)
capability (potential): What someone could do under right conditions
(条件が整えばできること)
competence (proficiency): Whether someone meets the standard for a task
(任務に必要な基準を満たしているかどうか)
capacity (limit/volume): How much someone or something can handle
(誰かや何かが処理できる量)
つまり、同じ「能力」でも、それぞれ以下にフォーカスを置いているということです。
ability:実際、現時点
capability:潜在、将来
competence:基準到達
capacity:限界
違いを分かりやすくするような、短めの例文も作ってもらいましょう。
Q: Can you write a brief text that uses these words and highlights their differences?
A: Emma has the ability to work with people, but her competence in leadership needs growth. Training gave her the capability to manage teams, but her capacity to handle stress remains a challenge.
ニュアンスの違いを強調して訳すなら、こんなところでしょうか。
「エマは力を合わせて仕事をすることが既にできているが、リーダーシップが足りていない。研修によってチーム管理に必要な能力を身に着けたものの、依然としてストレス耐性に課題がある。」
このように、AIサービスはニュアンスの違いの理解や差異を際立たせる例文の作成に役立ちますが、鵜呑みにはできません。必ずリサーチして裏を取りましょう。そして、理解した違いを意識しながら、さまざまな文章に触れる中で実際にどう使われているかをチェックしつつ、自分でも使ってみることが重要です。必要に応じて理解を修正しながら、真のボキャブラリーとして蓄えていくのです。
なお、competenceが基準到達にフォーカスを置く(相対的)一方、competencyは特定の仕事をこなすために求められる絶対的な総合力です。また、同じ意思能力でも医療ではcapacity、法務では(mental) competencyを使いがちなど、分野に合わせた使い分けも実務では必要になります。
村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。
第39回:Ability, Capability, Capacity, Competence:AIを駆使してAIに勝つ
第38回:Inauguration:トランプ大統領就任演説を聴いて
第37回:Demure:ジョークの「奥ゆかしさ」がトレンドに
第36回:Birds of a Feather:最近の洋楽ヒット曲に学ぶ英語表現
第34回:EqualityとEquity:そしてFairness、Justice
第33回:Resolution:その翻訳、「解像度」は足りていますか?
第31回:Special moment:「特別な瞬間」よりも自然に訳すコツ
第30回:Another Version of Me:違う「世界線」の自分
第29回:Inflection Point:いつか翻訳が通訳に繋がると信じて
第28回:Hallucination:生成AIとの付き合い方
第25回:Share:provideやgiveより使われがちな理由
第24回:Vocabulary:翻訳者は通訳者ほど語彙力を求められない?
第21回:Excuseflation:値上げの理由は単なる口実か
第20回:ChatGPTその2:翻訳者の生成AI活用法(翻訳以外)
第19回:ChatGPTその1:AIに「真の翻訳」ができない理由
第18回:Serendipity:英語を書き続けるために偶然の出会いを
第17回:SatisfactionとGratification:翻訳業の「タイパ」を考える
第16回:No one knows me:翻訳と通訳ガイド、二刀流の苦悩
第15回:Middle out:トップダウンでもボトムアップでもなく
第14回:Resolution:まだまだ夢見る50代のライティング上達への道
第13回:Bird’s eye view:翻訳者はピクシーを目指すべき
第11回:Freelance と “Freeter”:違いを改めて考えてみる
第10回:BetrayとBelie:エリザベス女王の裏切り?
第9回:Super solo culture:おひとりさま文化と翻訳者のme time
第7回:Mis/Dis/Mal-information:情報を知識にするために
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