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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗

第42回

Gaffe:トランプ大統領があまり「失言」しない理由

gaffeに揺れる農政

日本人にとっていま最大の関心事といえば、やはりrice crisis(米危機)ではないでしょうか。パン派の方には無関係?かもしれませんが、米価格は物価高の象徴であるかのように、まさにうなぎ上りです。

幸いにして農家の親戚を持つ私自身は、あまり自分で購入したことがないのですが(と言うと前大臣みたいですね)、何年か前にディスカウントストアで買ったお米が10kgで3000円台だったことを覚えています。それが今や5kgで4000円前後ですもんね。

なぜ、こんなことになったのか?いろいろな方が「これが問題だ」と指摘して、場合によってはその他の意見を否定していますが、そんな単純な話ではないはずです。私が会社員を辞めた理由ごときだって、営業に向いていない、英語力を生かしたい、から、通勤に疲れた、間近に迫ったサッカーワールドカップを全試合観戦したい、まで、いろいろなわけですから…

米価格高騰問題はそれよりずっと複雑で、供給サイドでは近年の異常気象による収穫不良や、減反政策による作付面積の減少、備蓄米流通の停滞などの要因が挙げられるでしょう。需要サイドでは、消費者と業者による買いだめ、インバウンド急増に伴う消費量増加などでしょうか。

こういう根深い問題に取り組む政治家や官僚の皆さんには、とにかく頑張ってほしいと、個人的には思います。しかし、特にネット社会になってから、リーダーが決まったらno sideの精神で応援するという姿勢は皆無で、揚げ足取りの機会を伺ってばかりの世の中になってしまいました。

そんな中での「支援者がたくさんくれるので、自分で買ったことはありません笑」という、rice gagのつもりのrice gaffe(失言)は、nitpickers(揚げ足取り大好き人間)にとって格好のエサでした。

たしかに、私が「あまり購入したことがない」と言うのはともかく(しかも、たまには買っています)、担当大臣という立場でこう言ってしまうと、Let them eat cake.(ケーキを食べたらいいじゃない)のMarie Antoinette momentと受け取られて当然でしょう。

その結果、大臣交代となったわけですが、日本にとっての重要問題を担当するだけに、新大臣が好きか嫌いかは置いておいて、まずはエールを送るべきではないでしょうか。

トランプ大統領にgaffeがないのは…

日本の政治はこうした失言に揺れがちですが、アメリカはどうでしょう。Trump + gaffe で新聞記事を検索してみると、奔放な発言のイメージとは裏腹に、意外と記事は出てきません。

gaffeとはOxford Languagesによると、
<an unintentional act or remark causing embarrassment to its originator>
(本人に恥をかかせるような、意図せずにした行為または発言)

一方、「失言」も
<言ってはいけない事を、うっかり言ってしまうこと。また、その言葉>

ですので、いずれも「意図せず」、「うっかり」が要件になるわけです。

トランプ大統領は侮辱的なことも、失礼なことも、マジで、本音で、時には相手に直接言っているわけなので、gaffeはほとんどない、というわけです。

内容はともかく、本音で話すという面は見習うべきかもしれませんね。

なお、gaffeはan unintentional act or remark とありますが、実際の用例を見てみると、特に政治家のremarkで使われがちです。一方、blunderはactも含み、より深刻な「失態」です。よりカジュアルで、時に滑稽な「ヘマ」がblooperです。

余談ですが、発音が上手とは決して言えない私は、通訳ガイドの仕事でriceをliceと聞き取られて、ゲストにゾッとされたことがあります。liceの意味は…お食事中以外でお調べください。

村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。

村瀬隆宗のプロの視点のアーカイブ

第42回:Gaffe:トランプ大統領があまり「失言」しない理由

第41回:Broad Subject:「主語がデカい」をどう表す?

第40回:Spectrum:映像化しやすくも訳しにくい比喩的用法

第39回:Ability, Capability, Capacity, Competence:AIを駆使してAIに勝つ

第38回:Inauguration:トランプ大統領就任演説を聴いて

第37回:Demure:ジョークの「奥ゆかしさ」がトレンドに

第36回:Birds of a Feather:最近の洋楽ヒット曲に学ぶ英語表現

第35回:Swing States:無視される大都会

第34回:EqualityとEquity:そしてFairness、Justice

第33回:Resolution:その翻訳、「解像度」は足りていますか?

第32回:Frailty:フレイルと猛暑そして大統領選

第31回:Special moment:「特別な瞬間」よりも自然に訳すコツ

第30回:Another Version of Me:違う「世界線」の自分

第29回:Inflection Point:いつか翻訳が通訳に繋がると信じて

第28回:Hallucination:生成AIとの付き合い方

第27回:opportunity:ただの「機会」ではない

第26回:Insight:洞察?インサイト?訳し方を考える

第25回:Share:provideやgiveより使われがちな理由

第24回:Vocabulary:翻訳者は通訳者ほど語彙力を求められない?

第23回:Relive:「追体験」ってなに?

第22回:Invoice:なぜ「インボイス制度」というのか

第21回:Excuseflation:値上げの理由は単なる口実か

第20回:ChatGPTその2:翻訳者の生成AI活用法(翻訳以外)

第19回:ChatGPTその1:AIに「真の翻訳」ができない理由

第18回:Serendipity:英語を書き続けるために偶然の出会いを

第17回:SatisfactionとGratification:翻訳業の「タイパ」を考える

第16回:No one knows me:翻訳と通訳ガイド、二刀流の苦悩

第15回:Middle out:トップダウンでもボトムアップでもなく

第14回:Resolution:まだまだ夢見る50代のライティング上達への道

第13回:Bird’s eye view:翻訳者はピクシーを目指すべき

第12回:2つのquit:働き方改革と責任追及

第11回:Freelance と “Freeter”:違いを改めて考えてみる

第10回:BetrayとBelie:エリザベス女王の裏切り?

第9回:Super solo culture:おひとりさま文化と翻訳者のme time

第8回:Commitment:行動の約束

第7回:Mis/Dis/Mal-information:情報を知識にするために

第6回:Anecdote:「逸話」ではニュアンスを出せません

第5回:Meta:メタ選手権で優勝しちゃいました

第4回:For〜木を見るために森を見よう〜

第3回:Trade-off〜満点の訳文は存在しない〜

第2回:Translate〜翻訳者は翻訳するべからず?〜

第1回:Principle〜翻訳の三原則とは〜

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