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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗

第43回

Enlightenment:「諦める」はgive upではない?

弱いドラゴンズのおかげです

悟りの境地に近づいたようです。

中日ドラゴンズは3年連続で最下位。新監督を迎えての今シーズンは期待を感じられたものの、連勝したかと思えば負けが込むなど現在5位と低迷しています。

それで改めて感じました。何事も思いどおりにはいかないものだと。どれだけ応援したとろで、ドラゴンズが勝つわけではありません。どれだけ得点を期待したとろで、ノーアウト満塁から三振やら内野フライやらで無得点に終わることもあります。

仏陀いわく、Life is full of suffering.「人生の一切は苦」だそうです。その真理にたどり着くことが、Buddhist enlightenmentすなわち仏教での悟りへの第一歩。思いどおりにいかないから苦しむわけですから、ドラゴンズのおかげで悟りに近づけたといえるでしょう。

しかし、悟りへの道をもう少しひも解いてみると、ゴールははるか先のようです。

四諦(したい)という仏陀の教えがあり、それをたどることで悟りに到達できるとのこと。なるほど、ドラゴンズの勝利や優勝などを「諦める」、それで苦から解放されるということか。ところが、「諦」はgive upを表す言葉ではありませんでした。

「諦める」は「明らかにする」

「諦」は真理(truth)、あるいは真理への到達(enlightenment)であり、「諦める」は「明らかにする」(identify, clarify)とのこと。四諦の第一が「苦諦」で、先ほどの「人生の一切は苦」であるという現状認識です。苦にもいろいろあるようで、生・老・病・死という四つの苦しみ、すなわち四苦、それに、愛する対象との別れなどの四つを加えて八苦。

ドラゴンズが教えてくれたのは、追加四苦のうちのひとつ「求不得苦(ぐふとっく)」、求めても得られない苦にすぎませんでした。

そして、四諦の第二は「集諦」。「集」は苦のさまざまな原因の集合体のことで、集諦とは「苦の原因を明らかにする」こと。「何事も思いどおりにいかない」、だから苦しむ、だけでは視座が低く、その奥にあるroot causes、すなわち煩悩(worldly desires)や執着(attachment)と向き合わなければならないのです。

さらに、仏陀は「減諦」つまり「苦を減らす」こと、そして「道諦」つまり「苦をなくすための道」を説きます。道諦の具体的方法が、正見(しょうけん、正しい考え方)、正語(正しい言葉)などの「八正道(はっしょうどう)」です。

というわけで、悟りの境地に近づいた、といっても半歩ぐらいかもしれません。それでも、通訳ガイドの仕事で寺院を案内するときは、仏教の説明への導入としてこんな話をしたいと思います。ゲストが野球好きなら。

As a Chunichi Dragons fan, I’ve learned that things don’t always go my way. That’s why life is full of suffering — the first truth of Buddhism. Supporting the Dragons has brought me closer to enlightenment. Dodgers fans? Please. Winning all the time won’t get you anywhere spiritually.

常勝ドジャースのファンは、決して「諦」にはたどり着けまいと。

村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。

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