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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千
第7回
通訳者の分野別勉強法シリーズ:特許・法律
皆様こんにちは。
今日は最高気温が32度になる予報です。来ましたね、日本の夏が。このコラムを書いている今、関東地方は梅雨入りしておらず少々心配ですが、梅雨前線は徐々に近づいて来ているようなので大丈夫でしょう。
首都圏は水源を群馬県の利根川水域や栃木県の鬼怒川水域からとっているので、そこで雨が降れば東京も水不足にはならないようです。私はかつて群馬県に住んでいたので経験があるのですが、梅雨はもちろん、夏の夕方は急に真っ黒な雲がどこからともなく現れて、1時間ほど雷も伴う豪雨になりますが、その後信じられないほど晴天が戻ります。その豪雨は上流にあるダムを潤します。
日本は水の心配をすることはあまりない、恵まれた国だと思います。石油の次は、水資源が国際紛争の原因になると言われていますね。
今月は「各分野の勉強法」を掘り下げるシリーズの一番目として「法律と特許分野」についてご紹介します。具体的には、契約書・特許通翻訳、裁判関係、企業買収会議、開発や調達会議に必要なスキルとなります。法律の話は、開発や調達、代理店や販売の案件は、会議の題目が「契約会議」でなくとも、出てくる頻度は高いです。スライドで契約書をずら~っと投射され、それを同時通訳で訳さなくてはなりません。それに対してどう準備をするのか?ということです。
私が法律特許の世界に足を踏み入れたのは、群馬県在住時代のことです。幼い子供の面倒を見ながらローカル都市で英語を利用して収入を得るには、翻訳だと思いました。最初は通信講座で特許翻訳を受講し、それでも足りなかったので、都内の書店へ行き、特許用語集、特許事例集と英日訳のサンプルを記載した本を揃えました。
特許翻訳の場合は、申請する技術の内容によって訳は全く違うので、技術の部分は適当に読み流します。明細書の書き出し部分、アブストラクト、最後の請求項の書き方は特許出願には必ず出てくる共通の言葉と文章なので、そこをマスターします。明細などは、どの技術分野の特許を扱うのかによって違うので、また別に該当する技術の深堀をします。
特許については、翻訳が直接仕事のメインになることはなかったのですが、通訳にとても役に立ち、専門分野の一つとなりました。特許には侵害申立て、訴追されたときの答弁の準備、その前に両社で侵害されているかどうかを協議(ほとんど言い争い(笑))する会議があります。日本は特許王国でもありまた海外の特許の類似技術を使っていて、海外の企業から訴えられる場合もありますし反対に訴える場合があります。内容はとても難しく、特許明細書をその場で見せられても訳すスキルが必要です。基本は逐次通訳なのですが、メモとりにも高度なスキルがいるのです。通訳の需要はある分野です。
次は、法律分野です。
法律はアメリカの大学院時代、ジャーナリズムを専攻していましたが、授業に名誉棄損法があり、そこから法律に魅せられました。その頃は在米4年目になっており、アメリカ人と生活行動しており、英語の問題もなくなっていたので、専攻をロースクールに変えようかとも思ったぐらいです。この英語力なら、入試に相当するLSATも合格するのではと思いました。
その後帰国して家庭を持った時に、群馬永住が決定的であった時代があり、その時に司法書士の資格を取ろうと思いました。通訳学校を出たものの、毎日片道3時間かけて都内で通訳をすることは非現実的であり、無理を押し通すことはしたくなかったのです。家庭と両立できる自然な生活をしたかったので、自分のキャリアをかえようと思ったこともありました。
最初は司法書士の受験勉強をしていました。でも私の性でしょうか?やっぱり勉強中も英訳してしまうんですよね(笑)。色々と調べたのですが、英語を忘れて職種を変えもそんなにメリットがないという判断で、一年ほどでやっぱり通訳がしたい!と中断しました。
そのすぐ後に起こったこと、偶然でしょうか?
英会話学校を通じて群馬の地元の企業から、イギリスの会社からTOBをかけられている、助けてほしい、という案件が来たのです。こういう需要もあるんだと気づかされました。
会議の内容は、会社法、株式法など多岐に渡りますが、司法書士の受験勉強で知識はあったので、あとは英語の対訳をするだけでした。まさに水を得た魚のようにうまく通訳ができ、そこから地元企業の法律関係は私に依頼が来るようになりました。
具体的な通訳としての勉強方法ですが、法律用語はある意味外国語みたいなものなので、まず用語集を3冊買いました。単語集と例文集です。契約や法律はコンテクストによって意味が変わるので、必ず例文集が必要です。
それから、日英契約書対訳集という分厚い本も3冊買いました。どう使用したかというと、まず英文事例を読んで、自分で日本語へ訳します。その後対訳を見て、答え合わせをします。私は、自分の訳と模範訳が一緒または限りなく同一になるまで繰り返し訳出練習しました。
その後群馬から埼玉、都内へ移住をしてきましたが、企業からのM&Aやその前段階のデューデリジェンスの会議、企業間裁判のDiscoveryのフェーズでのデポジションなど多岐に渡る通訳の依頼を受けています。面白いことに、通訳できるのなら翻訳もできるでしょ?というロジックで、担当した企業から翻訳の依頼も来ることとなり、これが結果として「通訳翻訳二刀流」となりました。意図したわけではありませんでしたが。
まとめますと、特許翻訳の分野は用語を完璧におさえることは必須、用語集を複数持つこと。例文を訳せないと意味がないので、事例集も買って、自分で何度も訳してみて著者と同じ訳になるまでやること。法律家の視点を考えて訳すこと、でしょうか。
通訳としてこの分野に携わっていると、実に様々なことを経験します。
海外の訴訟事例ですが、交通事故で首から下が麻痺してしまったのは、シートベルト不備だったという訴え。この場合、法律用語に加え、シートベルト周りの技術を勉強します。会議の通訳をしたら被害者の苦悩や周りの人の苦労を訳すので、心理的な影響も受けます。
また国際結婚で、海外に残してきた奥様(外国籍)の前夫との子の身体に障がいがあるので、日本に連れてきて養子にして治療させたい件など、夫である日本人男性依頼者の優しさに心打たれ涙が出そうになりました。
特許裁判では、私が訳した方が勝訴して、数億円の賠償金を勝ち得たと、数日後の新聞で知って、息子に「これお母さんがやった通訳だよ」と自慢したり(笑)。
企業買収の最終決定会議で、反対していた日本企業側の社長がその場で解任されるという劇場型会議。
日本企業にひどい扱いを受けている外国人の訴えを訳しているうち、社会問題になっている研修生の実態も垣間見ることができました。
M&Aの交渉が決裂して両社とも席をけって帰ってしまい、私と代理人だけが五つ星ホテルの昼食サンドイッチ10人分を食べて残りをお持ち帰りしたこともありました。とてもおいしかったです。皆さんも食べて帰ればよかったのに、と思いました。
どれもこれも特許法律通訳であったからこそできた貴重な体験です。
裁判や調停にまでなる案件というのは、すべて人間としてギリギリの状態でやってくる案件です。これが最後という段階に来ています。
だからこそ、120%正確な訳をし、どちらの側にもつかず中立でいなければなりません。そこには、クライアントの人生や社運に対する敬意があります。
裁判などは私の訳で裁判官に対する印象も変わります。
だからこそ、200%の状態で臨むのです。
相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。
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