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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千
第10回
通訳者の勉強法 ー 科学技術の世界・入門編
皆様こんにちは。そろそろ涼しい秋。。のはずの10月です。
これを書いている今日は、東京の最高気温はまだ34度で、猛暑です。
今週末から秋雨前線が日本にかかるようで、気温は下がるようですね。私が小学生の頃、気温が30度になるとビッグニュースでした。7月でも27度以下の日が多く、体育の授業のプールもキャンセルになることが多かったです。ぎりぎりの水温と気温でなんとかプール授業をして、唇が紫になりながら、それでもがんばって泳いだ日々を思い出します。
近年の温暖化で、日本人は暑さに強くなったと感じるのは私だけでしょうか?
先月のコラムで、北米へ行ったことを書きました。その時感じたのは、アメリカ人の言う「暑い」と、日本人である(私の)「暑い」にはかなりの温度差があるということでした。渡米前にアメリカ人の友人に、シアトルの気温を聞きました。彼女曰く、「暑い暑い!そのつもりで来てね」というので、日本の真夏の恰好で降り立ったら、「寒い、27度だ。長袖もってきてない」と感じる私と、現地人は、27度は「猛暑」扱いで、改めて感覚の差を感じました。私自身、30度を超えないと暑いと感じなくなっています。人間の適応能力って、案外短期で構築されるのかもしれませんね。
さて今月は、予定していた「勉強法」と私がなぜその分野に入り込んでいったのかを書いてみます。今月の分野は「科学技術」です。技術分野の概要をご紹介し、どのような学習が必要なのかをお話します。
なぜこの分野に入っていったのか?は、何度か書いたことがありますが、通訳をスタートしたときに住んでいたのがG県O市、北関東の工業都市でした。最寄りの新幹線駅をつかえば、都内案件も対応可能というロケーションでした。アイ・エス・エス・インスティテュートに通いながら仕事を受けていましたが、中核的な都市では、金融、IT、IRや経済分野の案件はほとんどありませんでした。地元にあるのは、大手メーカーの研究所や製造拠点で、本社機能はありません。私の住んでいた地域もそうです。仕事を得るために、製造業の電子電気、そして半導体、光学を勉強する必要に迫られました。
大学院での専攻はジャーナリズムでしたので、180度転換です。人生初の通訳案件は、製鉄業の海外出張での技術会議。乏しい知識でなんとか先輩の助けを借りてこなしました。帰国して、これはちゃんと学ばないとこの先やっていけないと思いました。
そこから本格的な勉強を開始しました。
勉強法を、順を追ってお話します。
まずその分野の用語集をインターネットで調べて集めます。
科学技術分野の用語は独特なので、全般的な用語や言い回しを知ることです。例として挙げるとpropertyは、通常では財産、不動産物件ですが、技術分野では、物性、物理特性、属性、また法律では所有権と訳します。通訳は分野での用語は絶対に間違って訳してはいけません。私の頭の中には、3つのカテゴリで単語を整理していて、科学技術、法律、そして一般(文系)です。各々の会議でそれを間違いなく使いこなす能力が必要です。辞書ではなくインターネットでという理由は、いまはテクノロジーの進化が激しく、辞書は用語が古いからです。
用語と共に重要なのは、原理原則を知るということです。
会議の対象となる聴き手やスピーカーは、ほとんどの方は理系の学位をもった人たちで、中には博士もいます。彼ら(彼女ら)は、通訳に対して「自分たちの特殊な用語は使いこなせないだろう」という低い期待値を持っています。それは通訳者がただ文章や単語を、そのまま意味がはっきりしないのに訳していることが多いからです。英文の深い意味は、その分野のことがわかっていなければ訳せません。技術用語や英語にもニュアンスがあります。訳している中で、ある数値やデータが異常というニュアンスで話しているのか、それとも良いというニュアンスなのか、その判断を通訳ができると、訳すときの言葉の選択を間違いません。例えば半導体ならば、一体何が重要でどの数字や技術がキーなのか、理解していないと的を射ていない訳になってしまいます。
その解消法は、規模の大きな本屋に行って、その分野の入門書を購入して読みます。ネットでは本の内容や難易度がわからないので、面倒臭いですが、足を運んでください。一つの分野については最低2冊読みましょう。そして科学的な用語や言い回しを習得します。そして内容については、ノートを作って理解します。
その次には、雑誌や新聞で科学技術に関するニュースを探して必ず読むことです。トレンドの技術や新しい用語が載っています。日経クロステックのような雑誌は情報が早いことと、正確な用語で記述されているので、良いかもしれません。前述の雑誌は「例えば」ということで挙げています。これに限りませんのでご自身であった雑誌や新聞を選んでください。
そして、トレンドに乗ったテクノロジーを説明している記事があったら、切り取ってまとめてファイルをしておくことです。その時に、そこに出てくる用語と単語はノートに整理しておきましょう。
ここからは上記の学習をやった後に、深く理解するためにやることを述べます。
私は科学技術に興味がそそられたので、なぜそうなるかということを知りたくて、高校の教科書も買って読みました。私の学生時代にはなかったような半導体や生化学の話、遺伝子など、ためになることが多いと感じました。特に遺伝子などの分野は10年も経つと進展が著しいのです。基本を高校レベルの教科書で学習し、さらに深めたいと感じたら、大学入門レベルの著書を読みます。難易度が高くなりますので、全ては理解できません。でも通訳としての知識の習得が目的であるので、ストーリー性を見出して理解すること、言い回しや専門用語を取得することが目的です。
日英訳をノートに書いて、ちょっとした説明をつけておきます。わからないことはたくさんありますが、訳すという目的での輪郭はここで十分作れると感じます。
プロ通訳とそれ以外の違いは、言葉が出てきたときにそれが専門用語だと認識できるセンサーがあるかどうかということがあります。専門用語か一般用語かを区別できるようになるためには、専門用語を知っていないとできません。
以前ある通訳者が言っていた「できる通訳とできない通訳の違いは、結局は知っているか知らないかに尽きる」という言葉は核心をついています。
知らない言葉は訳せない、これは当たり前です。
多くの通訳者が科学技術は苦手だという理由は、今までの人生でその世界に触れてこなかった(圧倒的に文科系英文系出身者が多い)、したがって自分はできないと思っているのではないかと思います。
科学技術の世界に触れてみると、案外楽しいと感じるのではないでしょうか。
そして現実に、科学技術分野を学ぶことには通訳者にとっての利点があるのです。
今日本は、製造業を国内に回帰させようとしていることと、政策で半導体などの国家安全保障に関する産業やITを強化しようとしています。そして、通訳者が不足している現状を感じます。
また技術用語や科学は、毎年内容や技術ががらりと変わるわけではありません。用語も10年前と変わるわけではありません。一度覚えてしまうと、ずっとその分野の通訳として活躍できるという恩恵もあります。
私も、技術通訳として30年以上やってきています。
皆さん、一度科学技術の世界も覗いてみてはいかがでしょうか。
相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。
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