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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千
第11回
法律(特許・契約・裁判)の通訳 ― それぞれに求められること
もう11月になりました。気温と天気の変動が激しいですが、風邪などひかれてませんか?今月は、入稿が遅れてしまい、スタッフの方々にご迷惑をおかけしました。
理由は、肺炎に罹ってしまったからです。
9月中旬から咳が出始め、一旦治ったのですが、10月中旬に現場での仕事が立て込み、疲労が重なっていたところに感染して悪くなったのではないかという診断でした。その仕事が終って熱をはかると38.7度。発熱外来へ行き、検査をした結果、肺炎。週末でしたが即、大学病院へ送られました。
点滴などの処置をしていただくとすぐに回復して、翌週月曜から通常復帰ができましたが、肺炎と診断されたのは夕方で、その際医師からは安静にして治療に専念するようにと言われました。
次の日の仕事は、守秘義務のある案件だったので、万事休す!すぐにエージェントへ電話し、私の個人のつてとエージェントとで、代理の通訳者を探しました。
クライアント様の許可もいただく必要があり、夕方だったためタイムリミットまで1時間程度しかありません。
幸いにも私の親しい通訳さんが代理を快諾してくださり、事なきを得ました。
この時、やはり同業者で、信頼できて無理をお願いできる、友人未満仕事関係以上の人間関係は大事だと痛感しました。
さて、今月は第7回勉強法シリーズで扱った「法律・特許」分野の通訳について、少し踏み込んでお話したいと思います。
法律とは具体的には、裁判通訳、M&A、製造物責任にまつわる訴訟(その前段階のデポジション)の分野です。特許は、特許係争、ライセンス会議などです。契約の分野は法律と似ていますが、違いは会議の内容で、契約をもとにした代理店会議、契約違反にまつわるクレーム会議などがあります。
技術通訳から契約・特許分野へ
私がこの世界に入ったきっかけは、かつて北関東のG県に住んだことでした。子どもも小さく都内に通うことは難しいため、まったく新しい分野で資格を取って、通訳以外へキャリアチェンジをしようと思ったのです。法律に興味があり、個人で開業できる「司法書士」の受験勉強を開始しました。通信講座とテキストで、かなり勉強しました。
そうしているうちに、地元でも通訳の需要があることがわかり、クライアント二社を抱え、通訳へ復帰しました。これは全くの幸運です。それまでは都内以外に通訳需要があるという発想もなく、あきらめていたのでした。地方、特に工業地帯には、必ず技術通訳や翻訳の需要があることを知らなかったのです。例えば今、九州では半導体通訳が足りないようです。地元に力のある通訳者がいれば、引く手あまたでしょう。
その後半導体や電気電子の分野の技術通訳に戻ったのですが、そのうちにその企業でも契約やM&A、特許の会議があることがわかり、そこでの通訳を任されるようになりました。私が法律用語を完璧に訳すので、皆さんびっくりされていました。ここから、法律や特許の係争は、「相田」ということで依頼が来るようになりました。
司法書士の受験勉強で法律用語をほぼ完璧に覚え理解したことが、後々同時通訳ができることにつながったのです。初心者には、司法書士または行政書士の、受験用の教科書を一冊読んでみて、用語の理解と暗記をすることをお勧めします。単語帳を作り、まず日本語を書き出していきます。それに対する英語を「日英法律用語辞典」で調べて記入します。余談ですが、アメリカの「Law and Order」ドラマシリーズを見ることも役立ちました。セリフの法律用語をメモし、あとで調べました。人身保護令状や接近禁止命令、召喚、容疑否認、司法取引など、ドラマから拾った単語です。
法律に関連する会議として、「契約」についての協議があります。会議では、契約書上問題のあるところをプロジェクターで映しながら同時通訳をします。その際は、その場で正確に契約書を訳さなくてはなりません。先ほどと同じで、地方で仕事をするために、契約書の翻訳を勉強したことが役立ちました。残念ながら、契約書翻訳自体は、今は人工知能で賄えるころまで来ているので需要は減っていますが、通訳の需要は減っていません。
特許分野の通訳は、技術的な理解が前提
特許通訳は、特許や用語がわかっていればできると誤解されがちですが、特許係争の会議や裁判では、法律用語というよりはその技術の内容の本当に細かいところに焦点を置いて話します。つまり、その分野のことがわかっていなければ通訳できません。そのうえで、追加として特許用語を知る必要があります。契約書の勉強と同様、特許翻訳の本を数冊購入し、こちらは英語から日本語への訳出を練習します。日英は、特許の翻訳家でなければ、あまり必要ないと思います。半導体特許紛争会議の例を挙げると、基盤のパターンをマスキングしているけれど、その下のパターンは特許の範囲に入っているかどうか、のような細かいことが争われます。用語と技術を知っていなければできません。用語もとても細かいところまで定義を覚えておく必要があります。例を挙げると、violationとinfringementは違います。訳し間違えると、担当するクライアントが不利になることもあります。
裁判通訳 – 100%の訳出が求められる、逐次通訳
裁判通訳は、基本的には全て逐次通訳です。難易度は最高レベルと言えるでしょう。法律用語(刑事法含めて)を正確に訳さなくてはならず、自分の訳が被告人の判決に影響を与えると考えると、緊張度マックスの案件です。この勉強には、刑事法の本一冊、用語を拾います。それとアメリカの「Criminal Justice」関係の本も一冊読んでください。用語を拾って、自分で対照表を作ります。
私の好きなAI分野とは相反しますが、法律や裁判の通訳は、人工知能が圧倒する時代になっても残ると思います。判決を下すときに人工知能は使えません。またこういう性質の会議には、企業間、または個人間でも多大な利害がかかわっており、機械に任せるという判断はかなり難しいと考えます。
ただ、高度な、「完全な」逐次通訳の能力が要求されます。同時通訳ばかりしていると、訳が荒くなることがあり、また聞き飛ばしてしまっても、どこかで補正ができたりしますが、法律関係は、それは許されません。一語一語、飛ばさないできちんと訳すことが必須です。例えば被告人に「その車は何色でしたか」と尋問して、被告人が「光る白?シルバーいや青だったかな、いやシルバーブルーでした」と言った場合、技術通訳、特に同時通訳だと時間的制約もあり、途中の不必要な情報を整理して訳すので、「シルバーブルー」と言っても問題ではありません。むしろ聴き手にとっては、ややこしくないので歓迎されます。でも司法通訳は、それこそ無駄な部分まで全部訳します。本当に全部です。120%でも80%でもなく100%です。過不足なく訳す。そこが産業通訳との違いです。
いかがでしょうか。法律は難解な分野ではありますが、一旦慣れてしまうととても面白く、人間の性を感じられる分野でもあります。法律の勉強は日常生活でも役に立つので、ぜひ触れてみてください。
相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。
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