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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千

第13回

通訳者のストーリー:専門分野の確立への道

 

皆さま、明けましておめでとうございます。
さて、今年はどんな年になるでしょう。わくわく感もありまた不安もありますね。

世界の各地での紛争はまだ解決を見ず、ウクライナへのロシア侵攻は3年目に入ろうとしています。日本が戦った第二次世界大戦が約4年間だったので、それを考えると本当に長い戦争だと思い、新年の新鮮な気持ちの中に、憂いと暗たんたる感情が巣くっています。
中東でも紛争がまだ進行中で、西洋の世界はクリスマスや新年をお祝いやパーティーで過ごしているのに、紛争地域の人たちは、今日の夜寝るところの心配、明日飲む水、食べるものの心配をし、子供たちをどう教育するのかで悩んでいる親たちも多いでしょう。心が痛みます。
今年には紛争が終わり、来年の今ごろは、「平和になっておめでたいですね」というコラムが書けるようになってほしいと切に思います。

さて、今月のコラムは、通訳の専門分野はどういったいきさつで決まるのか、をテーマに書きたいと思います。

私の年齢になると、通訳者は皆、自分の専門分野を持っていて、専らその分野で数十年修行をしてきて研鑽を続け、難易度の高い会議を担当するようになっています。ベテランと言われる方たちのことです。通訳が複数いる大きな会議でも、最初のオープニングの基調演説や、最後の主催者からの演説を担当することも多いです。
こういった通訳者達は、どういったいきさつでそうなったのでしょう?

通訳者は、概ね自分の専門分野を複数持っています。2~3分野が平均かなと思います。それがコア分野です。もちろん、そのコア以外のところで案件が来ても、応用が利く場合は、引き受けます。

その分野の決め方ですが、私は二通りあると感じています。
一つは、「結果としてそうなった」という場合。
もう一つは、「自分から意識してその分野の勉強をしてアプローチをした」という場合。

一つ目ですが、これは私が当てはまるのですが、最初にいただいた仕事がきっかけで、その分野の仕事の依頼が続き、お引き受けしているうちに専門家になるという場合です。
これはもう何度も書いているのですが、通訳の最初の案件は、日本を代表する製鉄会社の依頼で、中東の国での製鉄技術移管の通訳をしました。その後、夫の転勤先の某県から2時間かけてISSの学校へ通いながら、地元でも仕事を探しました。

その昔、北関東地域には、電気電子や半導体などハイテックの製造拠点がありました。幼い子をかかえながら都内へ毎日3時間かけて通って仕事することは現実的ではなかったので、地元での需要を掘り起こすために、その分野の勉強を続けました。30年前~15年前の話です。日本の半導体などのテクノロジーは世界を席巻していましたので、海外企業に技術指導を行う際などの通訳が多かったです。今は反対で、海外から教わるための通訳の仕事が多いです。少し悲しい気持ちがしますが。

その後、家族の転勤や転職、闘病もあり、都内へ移動しました。都内中心地には大きな工場や製造拠点はありませんので、分野を新しく追加するためITに着手して、その分野の通訳になりました。
各々の分野では、1年から3年は集中して勉強しました。そうするうちにかなり楽になり、資料が来てもだいたいわかるということが多くなりました。こうなると、マスターできているといえると思います。

私は、ある分野がバブルの状態の時、つまり自分が山の頂上にいると感じたとき(案件依頼がとても多く勢いに乗っているとき)、その分野はそれ以降下がっていくだろうと予測して、次の分野(山)を見つけるようにしています(今もそうです)。日ごろからニュースやポッドキャストを視聴しておくと、次に興ってくる技術が何かが判断がつきます。ITのサイバーセキュリティやデジタルトランスフォーメーションの通訳がバブルだったころ、その次は何かと考え、人工知能そして量子コンピュータの分野に着手しました。そして今の通訳分野に至っています。
結果として、私の通訳分野はコアである電気電子半導体とITです。そしてその応用として裾野の広い自動車や精密機器、デジタル技術があります。

そしてもう一つの「最初からある分野に自ら入っていって極めようと意識してキャリアを確立する」場合。
何人か同僚の通訳者の中には、「医療、医薬」の分野を狙って入っていった人もいます。理由は、人類にとって健康と寿命は永遠の課題で、需要がなくなることはない、ということです。確かにそうです。人間が最後まで可能な限りお金を遣うのは、健康つまり病気を治すということです。私の知る範囲でしかお話できませんが、GMPという製薬の監査や、研究者の会議、医師の通訳など、広い範囲の通訳業務です。医療分野の通訳は、自分の意志で入っていった人の比率が多い気がします。また、それくらいの覚悟がないとマスターできない分野でもあるのでしょう。
GMPなどの監査は出張がベースだと聞いています。その条件がクリアできて、医師の通訳も日曜などにあることも多いと聞きますが、それも対応できるのであれば、とても良いと思います。

他には、自動車産業の分野にも、意識して入ってくる通訳者の例があります。自動車産業も独特の用語と技術的な難易度が高く、覚悟して勉強しないとマスターできない分野です。そういった背景から、自動車メーカーは、業界での経験がないフリーランス通訳を使いません。このため、新人通訳者の中には、日本にある工場や研究所に社内通訳として数年雇用されて修行を積んだのち、独立して自動車業界のフリーランス通訳として案件を受けるパターンが多いです。勇気があり、条件が合う人は、自動車メーカーのアメリカ工場や研究所へ通訳として雇用されて数年務めたのち、帰国し独立する、またはその国でフリーランス通訳として独立する人もいます。
今のところ、この分野だけで稼働が成り立つこともあり、自動車産業分野の通訳はそれ自体で独立した世界を形成しています。

また、私の経験になりますが、法律と特許は意識して入った分野です。これは翻訳をしようと思ってはじめましたが、かなり勉強して、マスターしました。今でも特許法律や裁判の通訳も受けています。

私の見聞したものを書いたので、例に挙げた分野以外でも同じようなことがあると思います。
このコラムは、特定の分野の通訳者になったいきさつ・なり方のストーリーとして読んでください。

意識して入ったにせよ、成り行き上結果としてその分野の専門家になったにせよ、自己に満足してしまい、立ち止まったら終わりです。それ以上の成長はありません。
世の中、どんどん進化していき、通訳者に求められる期待値も進化し高くなる一方です。
そしてテクノロジーなどの栄枯盛衰のサイクルも短くなってきています。
今年バブルのようになっていたものや分野が、来年はどうなるかわからないと思います。
常に「初心忘るべからず」で行きたいと思います。

それでは、皆さん、今年も良い一年でありますように。

相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。

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