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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千

第15回

通訳者の陥りがちな「罠」

 

皆様こんにちは。
気象庁が2月15日(木)に関東地方で「春一番」が吹いたと発表しました。その日用事を済ませて、最寄駅から自宅へ歩いて帰ったのですが、あまりにも向かい風が強くて疲れてしまい、途中で神戸牛専門の焼き肉レストランでお昼をたっぷり食べて帰りました。寒いとカロリーが必要だという、人間の動物的なところを実感した次第です。あたたかいスープとハラミの神戸牛、おいしかったです。故郷神戸の味がしました(笑)。

今月のコラムは「通訳の陥りがちな罠」とあえてセンセーショナルにタイトルを挙げます。
経験から罠はざっくりと3つあると思っています。
現場に出ると多数のクライアント様とお仕事をします。通訳対象が、誰でも知っている大企業のCEOであったり、工場のラインでの会議であったり、多種多様です。通訳形態も、逐次通訳と同時通訳の2種類があります。

その中で時々(通訳を使いなれていないクライアント様に多い)、①「時間もないので、全部訳さなくていいので、要約してください」②「内容をまとめて教えてください」と言われるときがあります。これがよくある罠その1。

まず①の場合、「全部訳さないでいい」という罠です。その担当者や企業にとっての「訳さないでいい重要ではない部分」は、その日その企業に初めて行った通訳には到底わかるものではありません。何度か担当していても、その時にいる担当者やメンバーによって「重要な事項」は違います。通訳が「はい、承知しました」と言って、訳さなくてもいい部分を独自の判断で略すのは危険です。あとで「あの通訳はちゃんと訳してなかった」「わかりにくかった」のクレームが出る原因となり、実際クレームになっています。通訳は超能力者ではありません。人の心は読めません。

ではどう対処するのか?私は、全部訳します。というのも、ある通訳がそのリクエストにこたえて、スピーカーがA、B,C,とD(工具の名前)と日本語で言いました。CとDは同じようなものなので、まとめて機器Cと英訳したら、たまたま日本語を勉強中の外国人役員は、CとDを聴き取っていたので、「あの通訳は訳していない」と大声でクレームを言ったらしいです。その通訳はとても傷ついていました。聞きながら、「そうなんだ、全部訳してる私は正解だったかも」と感じた次第です。

全部訳すのと略すのと、全体を見ると会議の時間は10分も変わりません。こつはスピーカーが話し終わったら間髪入れずに同時通訳みたいに訳し始める、それを続けることです。とにかくクレームの出る隙を与えないことが身を守る手法です。

②の「内容をまとめる」ですが①と似ています。この場合、いつまとめた内容を伝えるのか?スピーカーを止めるのか?そして①と同じでリスクが高いということです。この場合、まとめて伝えるのは通訳業務とは異なることを説明し、「まとめる」という対応はお断りしたほうがいいと思います。もし相手が承諾しなかったら、エージェントの担当者に連絡して相談してください。自身の判断で業務内容を変えることは避けてほしいです。内容を要約して伝えるという業務は、通訳の範囲を超えていると思います。

次は「レセプション」での罠です。
大きなコンファレンスや幹部クラスのトレーニングの後には、レセプションがあり食事を囲んでネットワーキングをすることがあります。着席方式であったりビュッフェであったり形態はいろいろです。

企業Aが幹部のトレーニングのあと、立食形式でお疲れ様会を開催しました。グローバル企業なので、通訳も入ってです。
通訳Bさんはその企業を長く担当しており、BさんはCさん(C氏はその時は幹部だが、Bさんとは一般社員時代からの付き合い)に「お疲れ様、いや~素晴らしい通訳だった、Bさん一緒に食べよう!大丈夫大丈夫、僕が勧めてるんだから」と言われました。Bさんも、主催者側のメンバーからの申し出だったので、いただいたようです。その時は何ごともなく、和やかに終わりました。

その後Bさんと案件が一緒になった時に、「先日すごいクレームが来て落ち込んでいる」というので、わけを聞いてみたら、「あの立食会で、20年来担当しているCさんから食事を勧められて、主催者側の申し出なので食べた。そしたら人事部から強いクレームが来た。内容は、通訳分の食事は用意していない、業務中で通訳をお願いしたに過ぎない。食べるなんて言語道断」だと。

この場合の問題点は、通訳を依頼した(通訳料金を払っている)部署と、立食会のメンバーは違う部署に属していたこと、エージェントからの依頼書には「食事可」とは書かれていなかったことです。レセプションでは、依頼書などに「食事可」と記載がない時は、水、ソフトドリンク以外は口にしない方がいいでしょう。お酒は厳禁、仕事中です。私は持参したおにぎりを食べて、レセプション通訳に入ります。業務終了後、本当に通訳だけの席を設けてくれて食事をすることもあります。その時はありがたくいただきます!もちろんワインも!

そして最後の罠は、「服装」です。
依頼書に「ラフな服装でもかまいません、会議と現場の見学があるので靴も歩きやすいもので」と記載のある案件がたまにあります。「ラフな服装」の解釈は、百人百様、クリエイティブ分野、金融業界では違う服装を思い浮かべるでしょう。

では通訳のラフな服装とは、どこまで許されるのでしょうか?
これまでの経験に基づき安全圏を定義すると、ボトムは伸縮性のあるパンツ、色は地味なもの、レギンスのように肌に密着するものはNG,インナーは無地のTシャツ、女性なら胸のカットが大きいものや透けるタイプはよくありません。ジャケットは持参します。これは、経営陣から参加者がいた場合にやはり着ますし、会場が寒いときは防寒です。ソフトな素材でニットに近い感覚のもの、色は灰色など地味系。靴はウォーキングと仕事用靴の中間のもの。スニーカーやサンダルは避けた方がいいでしょう。つま先と踵は隠れる靴です。

書きながら実はラフすぎた通訳者達を思い出しています。ジーンズの上に真っ赤なTシャツそしてジャケットなしという場面も見ました。夏はつま先と踵を出すかわいいサンダル、上はキャミソールに透けたジャケットなど。かわいいし似合っていました。仕事外でランチをご一緒するような場面でしたら、素敵だったと思います。
しかし、ビジネスの場でのラフは違います。ラフと指示が出た場合、確信が持てないなら、エージェントに直接どこまで許されるか問い合わせた方がいいでしょう。

テクノロジー分野でのラフは、アメリカ西海岸のITテックから日本の伝統的な製造業まで、幅がとても広いです。したがって、歩いても疲れない黒の底厚のパンプスと、灰色と紺色のソフトジャケット、伸縮するブラウスとTシャツの中間のインナーに落ち着きます。パンツも灰色か紺色。
エンターテインメント業界は、それだとラフではないかもしれません。「この通訳さん、堅いな」と思われてしまうでしょうね。

以上、3つの「罠」を書いてきましたが、基本はわからない場合は、エージェントまたは信頼できる先輩通訳者に相談するといいでしょう。罠1は、いろんな正解がありますので、自分に合ったやり方でいいと思います。要約通訳はできませんと言って、現場を去った通訳者もいると聞いています。その方にとっては、それが正解だったのでしょう。自分の仕事相手やその関係性、将来もその案件が重要なのかどうかも、必要な判断材料かもしれません。

通訳が長く仕事をする上で、気を付けた方がいい3つを書きました。
では、あと少しで春です。
皆様、お元気で!!

相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。

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