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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千
第16回
技術通訳力 パワーUP! Q&A編①
皆様こんにちは。もう四月ですね。花粉症の季節なので、私は薬を飲んでいますが、幸い眠気はないので普通に過ごしています。
先日、シリコンバレーへ出張をしました。会議2日移動2日の仕事オンリーの旅でしたが、花粉症は全くなく(同行した社員の方も同じことを言っていました)気持ちよく楽しく過ごせました。楽しかった理由は、米側のクライアント様の担当者ととても気が合って、深く会話が進み心から話せたこと、同行した日本側のクライアント様社員の方々がとても友好的で、私もメンバーの一人として参加できたことです。フリーランス通訳は同行して業務をしますが、クライアント様とは全くの別行動ということがほとんどです。移動もそうなので、本当に会えるだろうか、と不安になることもしばしばですが、今回は一緒に行動し、話し、食事をし、心地よく過ごせました。
シリコンバレーの物価は、日本の2倍から3倍。住宅の値段は3人家族の一軒家で200万ドルが平均だということです。15年前に買った家が、約3倍の値段になっている、という状況でした。
半導体関連でのアメリカ出張があること自体、日本の半導体業界も盛り返してきているということでしょう。
今月のコラムは、先日講師を務めたセミナー「技術通訳力 パワーUP!」*でお寄せいただいた質問をもとに、私からの回答とその周りの事情などを書いていきたいと思います。
最初の質問です。
質問: 仕事のコアとなる分野を選ぶ際の、「外因的なチャンスと内因的な自分の関心のつなげ方」について教えてください。
この質問の「外因的なチャンス」」とは、通訳としてのチャンスや報酬や専門分野の状況と解釈し、「内因的な」というのは、それに対して自分のモチベーションをどうもっていくのか?ということだと理解しました。
外因的なチャンスがあるまたは来た場合、つまり自分の選ぶ専門分野の案件が潤沢に来そうな場合、私はそれを全力でつかもうとします。フリーランスには雇用の保証はなく、毎月の売上はゼロベースです。綺麗ごとではなく、「稼働し稼ぐ」ことは大事なことです。私はジャーナリズム専攻の純粋な文系でした。でも自分の住んでいた地域での仕事の機会を見ると、テクノロジー分野をマスターしなければ仕事がない状態でした。そこで通訳としての自立をするため、稼働するため、最初は恐る恐る技術の分野に入りました。
最初は半導体の専門書を読んでも、何が何やらさっぱりわかりません。でも「私はこれが好きなんだ」と言い聞かせて勉強を続けました。すると半年そして一年経つと、バラバラだったパズルが一個一個適切な場所にはまり、全体像が見えるようになりました。そうすると技術の会議やトレーニングで、何を話しているのか、話者の質問の意図が何なのかなどの内容がわかるようになり、通訳も苦労することがなくなり、気が付くとその道の「専門通訳者」になっていました。
また、これは以前のコラム「専門分野の確立への道」でも取り上げましたが、その道に入る経緯は大きく二つに分かれます。
一つ目は、通訳者になった時点で世の中の流れを見て、自分で意図をもって専門分野を選びキャリアを構築するパターン。これは、その通訳者本人が住んでいるロケーションが決めてとなります。例えば首都圏など、その地域に潤沢な選択の余地がある場合、成り立つのです。
二つ目は、家族やその他の事情で、それに合わせて専門分野を決める場合。決めるというよりは、着地する、と言った方が良いでしょう。
私は二つ目のパターンで、最初の専門分野が決まりました。夫の当時の赴任地が北関東の製造拠点。そこに家族で住んでいて、その地域の主要産業は電気電子・半導体でした。周りの企業も製造業の拠点ばかりで、自動車メーカーなどとその関連企業が街を形成しています。そこでは技術通訳の需要が多いのですが、通訳学校は主に東京にあるなどの背景もあり、高度な技術通訳ができる人材がほとんどいませんでした。これはチャンスでもあると気づきましたが、一方で障害もありました。私にその分野の専門知識がなかったことです。そこで、外因と内因のモチベーションを繋げました。そうしないと仕事がないからです。
その後、都内に移って稼働するようになりましたが、あるテクノロジー分野に中国地方(広島や岡山)出身の通訳者が多いことに気づきました。地元の産業分野の通訳となってキャリアを積み、フリーランスとして独立できると判断した時点で都内に移る、というキャリアパスなのだとわかりました。
このどちらのパターンでも、外因(住んでいる地域、環境、景気など)を背景として、内因(自分の気持ちやマインドセット)を繋げていくということを知らずのうちにやっていると思います。
二つ目の質問に行きましょう。
質問: 技術通訳は逐次と同時どちらが多いでしょうか。専門的な細かい話を同時通訳で全部訳出するのは難しいと思うのですが、逐次と同時でアプローチを変えたり、それぞれ気をつけることを変えたりしているのでしょうか。
まず、一口に技術通訳といっても、新人通訳レベルからベテラン専門通訳まで、色々なレベルがあります。中堅までは、もっぱら技術会議のみでやっていけますが、ベテランとなると技術のみならず、それにまつわる特許、係争、法務、監査、記者会見とすべてをカバーすることが必須となって来ますし、また要求されます。法務なら法務の通訳がいるでしょう?と思われるかもしれません。でも、先端技術を扱う企業は、秘密の技術や特許すらとらない戦略的技術、発表すれば世間をあっと驚かせるような内容の会議には、技術を熟知していて用語もマスターしている、技術分野からスタートした通訳者を使う傾向があります。法務や監査といっても、技術のことを深く理解していないと対応できません。会議の最初の部分は文言についての確認など、一般的な法律用語で対応できる内容が主ですが、会議開始後10分くらいからは技術に関しての深い議論となっていきます。
逐次・同時は、会議の種類によって変わってきます。法務や特許や係争、監査は逐次通訳がほとんどです。技術会議やセミナーは同時通訳です。比率は、一年を通してみると、私の場合は逐次通訳2割、同時通訳8割ぐらいでしょうか。
アプローチは、逐次・同時通訳ともに「全部訳す」です。
私は基本、100%訳すようにします。技術分野の場合、同時通訳といえども専門用語を略したりまとめたりすることはできません。全部聴き取って訳出しないといけません。アプローチを変えるか?については、逐次通訳になると、私は120%を目指します。100%聴き取り、その上で足りないところは補足してわかりやすく訳し、間違っているところはスピーカーに確認して修正して訳します。時間的な余裕がある、つまり逐次通訳はそのレベルまで要求されていると思ってください。
気を付けているところは、できるだけ無駄なことは訳さない、早口にならないように訳すということですが、後者は特に同時通訳の現場では難しいです。ゆっくり話すと、「全部訳す」ということができなくなりますので、いつも悩みつつ早口で全部出す方を優先しています。逐次通訳では、スピーカーの言った内容を組みたてなおして、スピーカーの言語の語順やストーリー性に合った訳をします。曖昧または不明な主語や内容は、明確にするため複数回いうこともあります。聴き手にしっかりと伝わる、ということがミッションですから。
以上、今月は質問の中から二つ選んでコラムにまとめました。
来月は残りの質問の答えを書こうと思います。
それでは、桜が咲くことを楽しみに過ごしましょう!
*脚注:
2025年3月15日(土)開催
ISSインスティテュート×ISS人材サービスグループ共催セミナー
「技術通訳力 パワーUP! 明日から実践できるヒントとアドバイス」
講師:相田倫千
聞き手:米田謙二
相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。
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