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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千
第17回
技術通訳力 パワーUP! Q&A編②
早いものでもう五月ですね。
この春はアメリカ出張が続き、来週からまた渡米します。日本の景気が上向いてきたなと思っていたら、関税の問題が起こり、今後の日本の産業と景気が心配になってきました。特に半導体などは、国家の安全保障に関わるものなので影響はあるでしょう。
私個人で言いますと、半導体が復活の兆しを見せていているこの時に、貿易戦争?が起こることで、勢いが削がれてしまうことが心配です。先が見えず不安ばかりが先立つような状態ですが、心を穏やかに、今後の成り行きを見ていきたいものです。
今月も3月に行ったセミナー*で出た質問の、回答編・第二弾をお送りします。
質問:技術通訳者としてキャリアを積み、その後全く別分野・業界で活躍されている方はいますか?キャリアを積んだ後、自身の興味分野が変わってしまう可能性もあるかなと考えています。
このご質問には、二つに分けてお答えします。
キャリアを積んだ後、別分野や他業界に行けるのか、ということですが、答えはイエスです。「別分野」というと、私もそうですが、技術のほかにも法務、監査の通訳や翻訳もやっています。技術をマスターしたからといって、それしかやってはいけないなんてことはありませんし、また一年の稼働日の100%が技術会議で埋まることはありません。技術だけの分野で一生フルフル稼働するのは難しいから、という理由で多角化をしていく必要も現実にはあります。もちろん「私は技術だけでやっていく、仕事もそれだけを受ける」と考える通訳者もいるでしょう。それぞれの事情やライフプラン、興味によって自由に決めればよいと考えます。
また、通訳・翻訳とはまったく違う世界で活躍している方もいらっしゃいます。通訳者プラス、シャンソン歌手や、作家、コラム著作、占いなど、それは個人の自由です。技術通訳で、安定した収入を得ながら、趣味以上の能力のある音楽をするなど色々です。
歌手など、まったく違った分野で活躍することを除けば、これらに共通することは、しっかりとした英語力そして日英双方の言語力が基礎にあるということです。違うことをする、と言っても私の場合は、英語通訳者として培った表現力や言語の基礎が土台で、違う世界にも行ってみたい、というわけです。例えば著作者など。
結論は、技術通訳としてキャリアを積んだからといって、ずっとそこにとどまって通訳をしなければいけないことはない、そこで培った基礎力や言語力をもとに、飛躍できるということです。
質問:今後予想されるAI技術の急速な成長は、通訳者にとっては脅威であると共に、チャンス。その中で今やっておくべきことは何か、どのように向き合って行けばよいのか、ご教示ください。
AIがこの先も進化を続け、いずれは通訳のようなことをするようになる、という脅威があることは否めません。私たち人間の通訳にしかできないことを洗い出してみましょう。コラム第4回でも扱ったテーマですが、人間には感性と、空気を読む力と、過去の記憶をうまく今に結び付ける能力があります。人工知能とはいっても、知能があるわけではありません。コンピュータの処理が超高速で、複雑な解を出すのが人間の知能と似ているだけでしょう。人間の通訳者は、スピーカーが数分前に言ったことを、直感でその時点で「今」のスピーチの内容とつなげる能力があるし、聴衆の理解度によっては、説明を加える能力もあります。そしてその場の雰囲気を読んで、使っていい表現とダメな表現を瞬時に判断できます。話の内容によっては、前述されたことを繰り返し訳してあげることもあります。これは人間にしかできない「塩梅」というものです。
必要に応じて説明を加える、その場の状態を見て適切に訳す、現場ではその場の空気を読んで使う言葉を選定するなどがそうです。そしてこれらを可能にするスキルを身に着けておくことです。またAIを利用することも考えてください。資料の翻訳や調べものには便利です。AI ができることはAIに任せて効率化し、人間にしかできないことは私たち通訳がする。AIを脅威に思わず、使いこなすことだと思います。
質問:専門分野が自分より詳しい専門家、しかも英語も出来る方々もいる中での通訳は、厳しい時もあるかと思います。技術通訳での失敗談と、そこからどの様にリカバリーをしたかの経験談を、もしよろしければ教えてください。
会議のスピーカーや聴衆も、通訳よりその分野について詳しい専門家たちの集まりです。中には海外駐在経験者で英語もできる方もいます。でもその中でも、通訳者はその専門家をも凌駕する高度な専門用語を駆使することが必須で、それをきっちりとしておけば、博士号保持者のクライアント様にも信頼を得ることができます。肝は専門用語を、「これでもか!」という程マスターすることです。先日の会議で「固有値をマッピングする」という話題がありました。これを聞いた時に「あ、振動が機械のどこから出ているのか、診断したいのだな」とわかりました。「フーリエ変換の話」だと気づいたのです。勿論私は理系の専門家ではないので、フーリエ変換もできません。でもそれが何なのか、どこに関連しているのかをおさえておけば、問題なく高度な内容も通訳できます。
失敗談ですが、私は基本的にはISSなど、信用のあるエージェント経由で仕事を受けているので、失敗につながるような分野違い、スキルのミスマッチのような案件が来ることはありませんでした。したがって、新人の頃を除いて、大きな失敗談はありません。また、いただいた案件については、失敗しないように普段から勉強をしています。案件の依頼が来た時に「これは自分の手には負えない」と思ったら、引き受けないという選択肢もあります。依頼案件のレベルが、自分に対応できるものかを判断するのも通訳者の能力です。それが全くわからないということは、すなわちその内容がわかっていないということのなのです。それも実力の一つです。一度、逐次通訳で私が失敗!という案件がありましたが、そこはチームワークです。パートナーがちゃんと拾ってくれて、事なきを得ました。また私が助ける場面もありました。クライアント様は、チームとしての評価をするので、そういう意味で、次は失注につながったという失敗談はありません。
質問:通訳者は現場で、どのくらい会議の進行に対して、お願いをしてよいのでしょうか?その言語のネイティブスピーカーでも理解しづらいようなスピードで話される場合、速度を落としてほしいなどお願いをされることはありますか?
これはブースに入る案件と、対面での案件とで回答は分かれます。
ブース通訳の場合、その前に打ち合わせがあり、スピーカーに「ゆっくり話してくれ、時々ブースを見てくれ」と毎回重々お願いしますが、スピーカーは9割以上、大きな会場で緊張のあまり早口になります。その場合は、仕方ないので早口で訳します。まとめられるところはまとめますが、技術の内容では、まとめられるところはほとんどありませんので、ひたすら息が続く限り訳します。パートナーとその場で交代時間を10分から5分にかえたりします。
対面の場合は、明らかに速い場合は、ゆっくり話してくださいとお願いします。それで修正できる場合がほとんどですが、過大な要求はしません。そこも含めて高い料金を払ってプロの通訳を入れているわけなので、私はそのまま訳します。その準備として、英語のヒアリングの勉強をするときには、速度を1.2倍から1.3倍にして聞いています。
以上で、質問の詳しい回答の全てです。
少しでも皆さんのお役に立てたならば、幸いです。
ではまた来月!
*脚注:
2025年3月15日(土)開催
ISSインスティテュート×ISS人材サービスグループ共催セミナー
「技術通訳力 パワーUP! 明日から実践できるヒントとアドバイス」
講師:相田倫千
聞き手:米田謙二
相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。
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