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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千

第19回

今後の世界情勢と国際語としての英語

 

今年はそんなに暑くならないと期待していたのですが、6月のうちから30度超えでしたね。
またあの暑い夏がやってくるかと思うとげんなりです。
私は寒いのは平気なのですが、暑さには弱く体調も狂います。20代はニューヨーク州の北部で暮らしていたので、零下20度も経験しました。寒さは室内で暖房をつけたり、着こむことで逃げることができますが、暑さは肌と身体にまとわりついて、逃げることができませんし、公共の場で薄着をするといっても限界がありますものね。

さて今月は、先月のテーマ「なぜ英語を勉強するのか」を更に広げ、今後の世界を見て、英語通訳がどうなっていくのかを考えてみたいと思います。
まずなぜ英語が、事実上の国際語になっているのかを考えましょう。第二次世界大戦の前の世界は、仏、独、英、西語がつかわれていましたが、戦後はアメリカが覇権を握ってきたことと、既に世界を支配していたイギリスの言語も英語であったため、国際通商で使われるようになったのではないかと思います。
国際取引の通貨は戦後、イギリスポンドから米ドルへ移行したため、通貨とともに英語が通商外交で圧倒的な支配をするようになったのでしょう。
そのため戦後の世界では、英語を学ぶことが優先されましたし、留学先も、英語圏特にアメリカの大学が圧倒的に選ばれました。

でも2025年、特にトランプ大統領が就任してから、関税を課すという通商戦争の開始から、世界の様相と潮目が変わってきていることを肌で感じます。
これは先月にも書いた「英語で生の情報をモニタリングする」ことから得た情報での、私にとっても想定外である潮流です。最初は興味本位でトランプ(敬称略)関係の報道やYouTubeの視聴をしていました。そこで「関税を課せられた、または侮辱されたと感じている米の同盟国は、静かにアメリカを回避することを模索しており、トランプ大統領就任前からその準備をしていた」ことが見えてきました。主役はカナダ、EU、インド、豪、日本です。ただここまでの極端な恫喝や税率は想定しておらず、その準備と開始が速まってしまった感はあります。
また6月13日の米国債(US treasury)の30年債の金利は、現在4.899%で、5%に近付いています。国債の入札では買い手がつかない場合金利が上がるのですが、今の世界の中で、絶対な安全国債発行国と言われたアメリカに対する長期的な信用が失われているということを意味します。

ではなぜそれが通訳という仕事や英語に関係するのか?
国際通商通貨でのドル決済比率が5割を下回ると、ドルの基軸通貨体制が崩れると言われています。そして、それに関連して使用する言語も変わるということです。英語圏以外の国の通貨での決済が増えると、その国の言語で通商が行われる、国際会議はその国の言葉で行われるということです。アラビア語、中国語、ポルトガル語(ブラジル)などが増えるであろうということです。
日本はアメリカとの密な関係ほどには、その外の経済圏に深く関わることはありませんでした。でも今、アメリカの恣意的な外交と通商を見ると、それでは立ち行かなくなりつつあるように感じます。先月書いたように、日本には依然としてエネルギー問題があるからです。
ただ英語の支配的な地位がここ数年で終わるとも思いませんし、数十年はまだまだやはり英語なのだと思います。
しかし英語を使う分野は少しずつですが、影響があるように感じます。例えばテクノロジー分野ですが、今までアメリカ(英語)一辺倒でしたが、この先そこにEU各国やインド、ブラジルや中東がプレーヤーとして入ってくるということもあり得ると思います。

すでに私の担当する分野(テクノロジー分野)では、ブラジル(ポルトガル語)の存在が大きくなりつつあります。プロジェクトやJV(ジョイントベンチャー)など、最初は英語で会議をしますが、徐々にポルトガル語しか話せない技術者や経営者が参加するようになり、会議の途中で「ポルトガル語で説明するのでこのまま待ってくれ」と要請が来ます。二段階で通訳をすることが増えます。中国語もそうです。JVなどの開始時は、英語通訳が入って英語でのやり取りをしますが、そのうちに担当者レベルや開発レベルになると、英語が必須ではなく、その国の現地語しか話せない技術者や経営陣が引き継ぎます。窓口の担当者は英語で、実際の部会レベルは現地語で、というパターンは確実に増えています。
その結果、「来月からは中国語⇔日本語、ポルトガル語⇔日本語で会議をするので、英語通訳は不要」ということが起こります。今はまだ少数ですが、この先アメリカの影響力が低下し続け、ドルの重要性が損なわれ始めると、必ずしも英語、ということにはならないかもしれません。
それは数年の間に起こらないけれど、長い目で見ると可能性があると思っています。今のアメリカの政策が修正されずに、同盟国をも敵に回すような通商や安全保障、外交が続くと、ドルの信用失墜、アメリカ(そしてその言語や会議の支配)の全体的な力の低下は、速まってしまうと危惧しています。

また留学生の受け入れ停止や、連邦政府からの研究費のカットなども影響が大です。今の10代の若者が留学先からアメリカを外すとどうなるか?10年後のリーダーシップをとる人達は、英語圏以外で教育を受けた人が増えているでしょう。そこでも英語(ひいてはアメリカ)の地位が揺るぐわけです。そうすると違う言語でビジネスを実行するということが起こるかもしれません。
大学院での研究生活を終えたらアメリカから違う国へ行って就職をする研究者は増えるでしょう。せっかくアメリカに集めた頭脳が流出する現象が始まりつつあります。実際アメリカの大学から給料をもらっている研究者は契約更新ができず、イギリスやオーストラリア、中国、シンガポール、EUへ行ってしまうらしいです。連邦政府が理系の大学院や研究機関へすら資金をカットしたからです。

今、そして今年は特に混沌とした一年になるでしょう。
私たち通訳業に携わる者は、しっかりと世界情勢を見て自分の分野を微調整したり、新しい分野に挑戦したりしたいものです。
具体的にいうと、やはりスキルアップと、既存そして可能性のある新しい分野の勉強の深堀りを続けることしかできません。

反対に明るい未来も見えてきています。変わりつつある国際秩序の中で、日本の誠実さや静かに行動する安定感が賞賛を浴びつつあり、日本が存在感を打ち出すと、日本の産業も光が見えてくると思います。まだまだ世界トップの技術を持っているわけですし、エネルギー分野の核融合は世界トップです。YouTubeやポッドキャストでは、アメリカに対して折れない日本を応援する声が上がっています。日本やるな!!がんばれ!!という声です。

今月は英語というよりは、英語で見聞きした情報をもとに、今後の世界そして主要言語はどうなるのかを考えてみました。幸い次の支配的な国々も、カナダやオーストラリアやEU、インドなど英語圏または英語が第一言語の国なので、英語通訳は需要が続くでしょう。でも中には途中でポルトガル語などに切り替えという会議も増えるでしょう。そしてテクノロジー分野の中でも、組み換えが起こるとみています。半導体やITがここまで世界をけん引してきましたが、半導体はまた不透明度が増してきているような気がします。エネルギー分野はこの先拡大する分野であると考えます。

とはいえ、私はシンクタンクでもなく経済学者でもないので、ここに書いた内容は、コラムの域を超えません。今後の世界での通訳者の位置は、皆さんの方でも情報を集めて考えてみてください。それは来月のコラムの内容へと関連性があるからです。

次回は、「人生百年の時代」と題してお送りします。

相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。

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