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プロ通訳者・翻訳者コラム
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山口朋子先生のコラム 『"翻訳"は一日にしてならず --- 一翻訳者となって思うこと』 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。外資系メーカー勤務を経た後、フレグランス業界へと活動の場を移し、マーケティング他業務に携わる。その後、米国カリフォルニア州立大学大学院にてTESOL(英語教育法) 修士号を取得。日本帰国後、アイ・エス・エス・インスティテュート英語翻訳者養成コースを経て実務翻訳の道へ。現在は、医療・美容業界関連、その他雑誌・ホームページ記事やエッセイなどの分野から、会社規約・契約、研修マニュアル、取扱説明書、財務レポート他各種報告書などのビジネス文書等に至るまで様々な分野の翻訳を手掛けながら、同校の総合翻訳基礎科の講師を務めている。
第7回:「意訳」と「誤訳」
ISSインスティテュートで授業を担当させていただくようになってから、受講生の方々とさまざまな形でコミュニケーションを図る中で、よく耳にするようになり、気になり始めた言葉 ― それは、「意訳」と「誤訳」です。「意訳」とは「原文の一語一語にこだわらず、全体の意味を取って翻訳すること、また、その訳」、そして「誤訳」とは「誤って翻訳すること、また、間違った訳」(いずれの定義も、三省堂 スーパー大辞林より)のことであり、これらはもちろんまったくの別物です。ただ、例えば英日翻訳について、受講生の方が「この部分は直訳すると分かりにくいので意訳してみたのですが…」と、ご自分なりに意訳を試みたとおっしゃる場合でも、それが何らかの理由で正しくアウトプットされていない「意訳したつもりの誤訳」になっている場合が多々あるのです。
では、どうやって誤訳をなくせば良いのでしょうか?英日・日英どちらにおいても、誤訳が多いと指摘されてしまう人は、「文法・構文把握」、そして「意味・内容把握」の2つのポイントにバランスよく留意する必要があると思います。まず文法・構文把握はいかなる文章解釈・作成においても基礎となるものであり、また勿論、原文が伝えようとしている意味・内容も重要です。「文法的に正しく」何通りかの分析が可能な場合には特に、その文章全体、またその特定の部分の「意味・内容」が関連してきます。ここで、つい最近、ある授業で取り上げたケースを例に取ってみたいと思います。
ある一文の主語が「動詞の~ing形+名詞」だったのですが、実はこの動詞の進行形を文法的にどう分析するかという点で3通りの解釈が存在します。つまり、動詞と名詞の機能を兼ねる動名詞(その中でも2通り、①meeting youのように「あなたに会う『こと』」、②waiting room [= room for waiting]のように、後ろに続く名詞の目的等を表す形容詞扱い)、そしてsetting sun [= sun that is setting]のように、後ろに続く名詞の状態や動きを表す現在分詞)の3パターンが文法解釈的には成り立つ訳ですが、このポイントで各受講生の訳出にばらつきが見られたのです。文法的分析の時点で他の選択肢を考慮せず、自分でこうだと思った構造しか頭にない場合、前後の文脈を意識した「意味」面での正しい訳出ができているとは限りません。文法、意味、このどちらのポイントにも配慮し、さまざまな可能性を吟味できるようになることが大切です。この例では、上記の文法解釈3通りの一つずつに即して訳してみた場合、それを当てはめて前後の意味が通るのはただ一つのはず。こうした双方のポイントをバランス良く考慮に入れながら、無意識のうちに迅速に正しい分析ができるようになることが重要で、そのためにもご自身の苦手なのは特にどちらのポイントか見極めた上で、やはり色々なタイプやパターンの文章に触れることが能力アップの一番の近道だと思います。
文法的分析、構文把握においては、特に一文がとても長い場合や、その構造が非常に複雑な場合でも、まずはご自分の力で見当をつけなくてはなりませんよね。そのための基礎力がないとスタート段階で既に誤訳の可能性が高くなってしまいます。先程の例のように、他に考えられる選択肢はないか、という柔軟な発想も大事ですし、また「ここでこの句・節は切れる」などと勝手に判断して最悪の場合そこにペンで線を引いて区切ってしまうと、誤っている可能性もあるその考え方から逃れられなくなってしまうので、最初は、常にさまざまな角度から文章を見つめられるようにしておくことが重要だとも学びました。
どうしてもある単語の意味が分からない!という場合でも、そこには仮に訳をあてておいて先に進んでいくうちに、「あ、ここでこう言っているということは、さっきのあれはこういうことだったのか!」などと気付きが得られる場合も多く、また筆者のスタイルやリズムがだんだんと理解できるようになって来ると、その一部分を含めた全体像がクリアになり、そこから訳あてが楽になる場合もあります。この全体像が把握できると、直訳ではぎこちない表現も、例えば英日なら、勿論原文の意味を変えずに日本語らしく自然な仕上がりとするためにはどう足し算引き算すれば良いのかが分かるようになります。これが本当の意味での「意訳」であり、上級クラスで学ぶにつれ、そのテクニックが必要となる場面が多くなってくると思います。
「誤訳」ではなく、きちんと「意訳」になっているのか、そしてその文脈ではその「意訳」が必要なのか・効果的なのか、などをチェックできる文法力、そして読解力といった基礎力はいくら磨いても磨き過ぎることはありません!