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山口朋子先生のコラム 『"翻訳"は一日にしてならず --- 一翻訳者となって思うこと』 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。外資系メーカー勤務を経た後、フレグランス業界へと活動の場を移し、マーケティング他業務に携わる。その後、米国カリフォルニア州立大学大学院にてTESOL(英語教育法) 修士号を取得。日本帰国後、アイ・エス・エス・インスティテュート英語翻訳者養成コースを経て実務翻訳の道へ。現在は、医療・美容業界関連、その他雑誌・ホームページ記事やエッセイなどの分野から、会社規約・契約、研修マニュアル、取扱説明書、財務レポート他各種報告書などのビジネス文書等に至るまで様々な分野の翻訳を手掛けながら、同校の総合翻訳基礎科の講師を務めている。

第22回:的確な訳語の選択力をつける

ここ数年特に、総合翻訳科をはじめとする授業を担当させていただいている中で強く思うことは、受講生の皆さんの、訳語の選び方に対する意識や精度というものに差が見られるということです。以前も少し触れたかと思うのですが、「誤訳」の主な原因は、文法面での分析ミス、そして訳あて段階で文脈にそぐわない意味を持つ語句・表現・構成を選んでしまうといったミスに大きく分けられると思います。

後者については特に、あまり見慣れない語句や専門語、何でこんな所にこの語句が使われているのか?という、いわば突飛な出現系語句(特殊な意味を示唆していたり、重要な意味が込められていたりする場合等)などの場合、単純にどの訳が一番適切なのか、と辞書を引けば、そこに並ぶ様々な意味の中から最適なものを選ぶのは難しい作業ですし、逆に良く見る一般的な語句であれば、基本的な意味は分かっているから、とあまり調べずに何となく訳をあててしまったり、あるいは本来の意味を無視して勝手にこんな意味もアリなんじゃない?と無理な解釈を当てはめてしまうことなどによって、原文の内容とは異なる誤訳となってしまうことがあると言えます。

授業でもよく「まず、一つ一つの語の本来持つ意味や機能、役割などを正しく理解した上でその都度文脈に沿う表現へと変化させることが大事」とお伝えしているのですが、これがなかなか難しい(苦笑)。とはいえ、各語の正確な意味を理解するには、やはり辞書を参考にするのが一番。先程申し上げたようなごく一般的な頻出度の高い語などは特に、辞書に意味がずらっと並んでいる傾向がありますが、全く違う意味のようでも、同じ語から派生している訳ですし、何かしら関連性があるとも言えます。それらをトータルで把握すると、その語からにじみ出ているさまざまな意味合いが理解できるようになるため、表現に役立つのです。辞書に載っているのは断片的な意味の数々とも言えますが、その語が持つ基本的要素でもあるため、各文脈に当てはめて「自然かつ生きた」表現になるよう命を吹き込む・・・そんな作業が仕上げに必要だと思うのです。

「多義語」という言葉があります。「多義」とは「複数の意義がひとつの語の中で密接に関連し合って存在すること」です。その意味ではほとんどの語が多義語であると言えるでしょう。しかしながら一般的な辞書は、一つの語が持つそれぞれの意義の関連性についてはほとんど触れていません・・・こういったことに興味を持ち、多義語の各意義の関連について述べた辞書や書籍を夢中で調べていた時期がありました(笑)例えば、ごく単純な英語の前置詞 “to” について取り上げてみると、基本的な意味は「(到着点や目的地に向かって)進んで」であり、まず「あるルートを経て目的地に至るまでの移動の動きの全体を示す」→「別の状態へと進む変化」→「ある活動やイベントへと進む」→「~を目的として進む」=不定詞としての用法へと広がる、といった関連が見られます。空間的な移動が比喩的に状態の変化や目的の達成の意味に展開し、不定詞のtoにつながるんだなあ、と納得し、翻訳作業でもちょくちょくその訳し方に工夫が必要となる不定詞の理解が深まったのを思い出します。
こうした流れからも、to不定詞は通常、主動詞が示す行動よりも時間的には後に起こる行動を示します。本来のtoの空間的移動の意味からして、不定詞のto以下の行動は主動詞が示す行動の到着点となると考えられるからです。Mary also went there to help her friends. この文では「助ける」のは「行った」後となるため、直訳では「メアリーも友達を助けるためにそこへ行った」となりますが、「メアリーもそこへ行って友達を助けた」とも言えるわけです。(勿論不定詞にはさまざまな意味があるため、I’m so happy to receive your e-mail. to不定詞以下が「嬉しい」ことの理由となっていてto以下の行動が後に来ない、といった、意味的に時間的な逆転が起こらないケースもありますが)

このような知識が増え、表現や文構成の選択肢が増えれば増えるほど、発想の転換、柔軟な思考が容易に導かれ、より各文脈にピッタリの展開を工夫できるようになると言えます。そのためにも、どのような文でも基本要素となる各単語の持つ本来の機能、さまざまな意味とその関連性に注目し、その語への理解を深めるといったステップの積み重ねがやがて大きく実を結び、自在に言葉を操る一助となるのではないかと思います。こうした視点を、少しでも意識していただき、いつもとは違った角度からの新発見をしていただけたら幸いです。

最終回:翻訳愛

第23回: 類語の使い分け、コロケーションへの意識

第22回:的確な訳語の選択力をつける

第21回:文法事項ごとに体系化した訳出感覚を磨く、翻訳文法の考え方 その2

第20回:文法事項ごとに体系化した訳出感覚を磨く、翻訳文法の考え方 その1

第19回:生きた表現 -「新語」にからめて

第18回:「舟を編む」- 言葉へのこだわり

第17回:日英翻訳の要となる日本語の正しい解釈 その2.

第16回:日英翻訳の要となる日本語の正しい解釈

第15回:翻訳不可能論!?

第14回:これまで翻訳クラスを担当させていただいて ─ 授業風景のお話を交え

第13回:ご挨拶 & 翻訳者の日常とは?

第12回:今年最後の独り言 ─ 改めて考えてみる翻訳にまつわるあれこれ

第11回:翻訳は「裏方」に徹する仕事 ─ その極意と楽しさ

第10回:「翻訳の学習」を通して得た 目からウロコの訳出工夫・表現例②

第9回:「翻訳の学習」を通して得た 目からウロコの訳出工夫・表現例①

第8回:文法の大切さ ― 文法を笑う者は文法に泣く…!?

第7回:「意訳」と「誤訳」

第6回:日々のちょっとした積み重ね ─ 学習法のヒント

第5回:翻訳力アップのためのポイント その2

第4回:翻訳力アップのためのポイント その1

第3回:何故翻訳者に? ─ 私の思う、翻訳者に必要な要素

第2回:「生きた英語」に触れる生活で発見したこと。そしてISSで「翻訳」英語に出会って。

第1回:ご挨拶。

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