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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

和田泰治先生のコラム 『通訳歳時記』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第2回:弥生

<春風の取り乱したる弥生哉(正岡子規)>

皆さんこんにちは。第2回目のコラムです。

先月の第1回でインフルエンザに感染して丸々一週間の仕事がすべて飛んでしまったことを書きましたが、思いもよらず、その後に新型コロナウイルスが猛威を振るい、日本でも市中感染の新たな段階に入ったのではないかと毎日緊迫感が高まっています。

自然災害や感染症の拡大は通訳者の生活を直撃します。

今回は予定を変更してこのテーマについて書いてみたいと思います。

先月掲載分を執筆したのは年明け後しばらく経ってからだったのですが、その頃はまだ新型肺炎のニュースよりカルロス・ゴーン被告の逃亡劇のほうがはるかに関心が高いという状況でした。それが春節をはさんであれよあれよという間に日本国内の感染者数が増加し、現時点ではこの先どうなるのか全く先が読めません。

このような状況は通訳者にとって致命傷になりかねません。

記憶の新しいところでは、2011年3月の東日本大震災に伴う福島原子力発電所の大惨事による外国人渡航者の激減によってほぼ半年間、国内の通訳業務が大きな影響を受けたことが思い出されます。その前で言えば、2000年のアメリア同時多発テロ、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)など、いずれも渡航制限が緩和するまで数か月の間、通訳市場は麻痺しました。

当時は「依頼の電話が突然来なくなったので電話の故障かと思い修理に出した」とか、「生活のためバイリンガル秘書の派遣社員に登録した」などという話も聞きました。真剣に廃業を考えた通訳者もいたようです。

私自身、既に今の段階で2月、3月に入っていた5件のブッキングがキャンセルになりました。新型コロナウイルスによるイベントや国際会議の開催延期や取り止めに伴うものです。

今後の展開は予断を許しません。

今月は弥生三月ということでもありますので、2011年3月に発生した東日本大震災の時の逸話もお話しましょう。

地震が発生したのは2011年3月11日金曜日でした。3月というのは年度末ということもあり秋に匹敵するくらい通訳者にとっては多忙な月ですが、ちょうどこの日は母に付き添って病院へ行く予定だったために休みをとっておりました。

これまでに経験したことの無い激しい揺れに見舞われたのは母を迎えに実家へ行く直前の14時46分で、自宅で家内と過ごしている時でした。あの時の怖さは未だにはっきりと思い起こされます。

直後は情報も乏しく、東北で震度7の地震があったらしい程度のことしかわからず、夜になってようやく少しずつ、津波の発生や東京の交通が麻痺して大変なことになっている等のニュースが断片的に入ってきました。母の病院の予約も当然キャンセル、エージェントからも翌週以降のブッキングはリリースするとの連絡が続々と入って来ました。

そんな中、翌週の月曜日3月14日に某官庁の仕事が入っており、当然これもキャンセルになると思いきや、エージェントからの連絡は「予定通りです」。「えっ、何かの間違いじゃないんですか?本当にやるの?」と確認しましたが「間違いありません」とのことで、月曜日は霞が関に向かいました。通訳をしている間も何度も大きな余震があり、ブースの扉を開けたまま通訳をしたことを覚えています。

2011年のカレンダーを調べてみたところ、この3月14日月曜日を最後に4月半ばまで真っ白になっています。その後5月、6月、7月は例年の約半分の仕事量が続き、ようやく9月から通常の状態に戻りました。福島の原発事故がなければもう少し早く正常化したのではないかと思います。

感染症の拡大は自然災害とは違います。ウイルスの感染がどの程度悪化し、どのくらい長期化するのか全く予測がつきません。これまで日本社会が経験したことのない未曾有の事態と言えるでしょう。ここまでお話してきた通り、渡航制限を伴うこの種の危機は通訳者にとっては瞬く間に影響の出る緊急事態です。

これまで、現在の仕事を辞めて通訳者に転職したいという相談を受講生の方から受けた時には必ず次のようにアドバイスしてきました。

「決意は尊重します。但し、最悪の事態を想定して1年間全く仕事が無くても家族が生活できるだけの蓄えを準備してから現在の仕事を辞め、通訳者に転職して下さい」

このアドバイスで想定している最悪の事態がいよいよ現実のものとなるかも知れません。しかしこれもプロの通訳者の試練です。堅忍不抜で乗り越えて行かねばなりません。

今月は弥生ということで、春の足音を感じながら希望の蕾が膨らむようなお話をしたかったのですが、思いもよらぬ春の嵐の話題になってしまいました。来月は卯月です。本コラムも、春が息づく明るい話題で満開にしたいとの祈りを込めて今月の最後は美しい句で締めたいと思います。

<花咲くといふ静かさの弥生かな(小杉余子)>

それではまた。ごきげんよう。

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