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プロ通訳者・翻訳者コラム

気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

和田泰治先生のコラム 『通訳歳時記』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第4回:皐月

<五月来ぬ心ひらけし五月来ぬ(星野立子)>

 

皆さんこんにちは。第4回目のコラムです。まずはまた近況から。

 

通訳歳時記ということで、昨年一年間の通訳者としての生活から執筆してゆきますと始めたコラムですが、やはりまずは最新の状況からお伝えせざるを得ないでしょう。

 

ついに緊急事態宣言が全国を対象に発令されました。

 

4月は通訳の仕事はゼロでした。先月のコラムでは決算発表だけは実施されそうだと書きましたが、結局予定されていた決算発表のイベントも延期になりました。今年で通訳を生業として25年目になりますが、これまで一か月間に全く仕事をせず収入もゼロということは一度もありません。まさに未曾有の事態に直面していると言えるでしょう。さらに5月、6月と先行きが見通せず、これからの社会全体としてのありかた、自分自身の生き方を根本から変えてゆくような地殻変動すら感じる毎日です。

 

日々の生活のルーティンも大きく変わりました。決して一時避難的な変容ではなく、全く新しい暮らし方の習慣だという意識で過ごしています。そんな毎日を少しだけご紹介します。

 

起床は9時。これまでは仕事へ行く前に日課の勉強をしていたので5時か5時半の起床でしたが、その必要も無いのでしっかり睡眠がとれています。奥さんと一緒に愛犬の寅次郎の散歩へ行き、帰宅後に朝食。コロナと株式市場の最新情報などをチェックしてから昼食まで日課の勉強です。午後1時に昼食をとってからは午後の自由時間。犬と一緒に昼寝をして4時過ぎから夕方の散歩。帰宅してから夕食までは日課の勉強の補習。7時から夕食をとり、以降は夜の自由時間で、主には読書や音楽、DVD鑑賞と地方競馬。入浴などして就寝はだいたい午前0時です。これまで何十年も経験しなかった極めて規則正しい生活です。こんな暮らし方もあったのかと感じ入る毎日です。

 

さて、今月の本題ですが、昨年5月のカレンダーをみてみると、IT関連のプロジェクトの仕事が何日か入っているので、今回はこれについてお話してみたいと思います。

 

セミナーの開催や潜在顧客への個別のアプローチなどマーケティング、営業活動の結果、場合によっては入札を経て具体的な案件の正式な受注に至るというのはどの業界でも共通しているプロセスだと思いますが、IT業界の場合多いのがソフトウェアのプロジェクトです。通訳が関わるのは海外のソフトウェアベンダーが日本の顧客の案件を受注したケースです。

 

多くの場合、全く新しいソフトウェアをデザイン、プログラミングして開発するのではなく、既に特定の業務プロセスに従って出来上がっているソフトウェアを日本の顧客用にカスタマイズしたり、どうしても特定要件に対応できない機能などについては新規に開発、インテグレーションすることになり,そのために定期的なミーティングが複数設定されることになります。

 

主には①プロジェクト全体を統括するマネジメント会議、②テクニカルなテーマを集中的に討議する技術検討会議などですが、規模の大きなプロジェクトの場合は関係各社の役員クラスで構成される③ステアリングコミッティー(Steering Committee)を設ける場合もあります。多くの場合、顧客企業、海外のソフトウェアベンダー、そしてその両者の間でコーディネーションを担当するシステムインテグレーターの三社で構成されます。昨年携わった某プロジェクは、顧客企業だけで3社に跨り、ソフトウェアを提供する海外ベンダーとシステムインテグレーターの間に別の大手の海外ベンダーが入るという非常に規模が大きく且つ複雑なスキームのものでした。

 

あくまで一般論ですが、この手のプロジェクトは蓋を開けるといろいろと問題が出て来ます。これは当然のことで、もともと新しいソフトウェアには不具合(bug)はつきものですし、欧米の業務プロセスや社会制度、法規制などに準拠して開発されたソフトウェアを日本独自のシステムに合わせるように修正してゆくという作業自体にも潜在的な困難が内在しているからです。

 

以下はマネジメント会議でのあくまで架空の会話です。

「何でこれが出来ないの?」

「もともと御社の仕様要件にそんなものはありませんでしたよ」

「そんなことない。勝手な解釈をするなよ。これじゃあ日本では使えないよ」

「では新規の機能として別途開発しますが、追加コストもかかりますしスケジュールも遅れますよ。よろしいのですか?」

「もともとスケジュールが遅れているのはこのソフトがバグだらけの不良品だからじゃないか」

「そのバグはもう解決したはずですよ」

「解決なんかしていない。大丈夫だといった機能が全く役に立たないじゃないか」

「当社のラボでは問題はありません。御社のテスト環境が原因でしょう?」

「そんな説明は現場から受けていない」

「コミュニケーションの問題ですね。新しい仕組みを作りましょう」

「カットオーバーまであと3ヶ月しかないのにまた同じ話か!いい加減にしろ!」

 

もちろん何事もなくスムースに進んでいるプロジェクトもたくさんあると思いますが、誰が悪いということではなく、こうしたプロジェクトは参加者全員にとって負荷の高い非常に難しい要素を持っているということです。

 

技術検討会のようなテクニカルなミーティングは、実際の作業に関わっているエンジニアの皆さんが集まってテクニカルな課題について一件ずつ詳細につぶしてゆくもので、内容は極めてテクニカル且つディテールにわたり、問題解決するまで延々と夜を徹して・・・・などということもあります。

 

IT関連の通訳と一言で言っても様々です。大規模で華やかなイベントや記者発表会で著名なCEOが来日し、大観衆を前にして自社の戦略や次世代の社会について語る際の通訳もあります。しかし、IT通訳という分野で最も高いスキルと知識を必要とするのはこうしたプロジェクトの現場での通訳だと思っています。

 

どのような分野でも、高度に専門的な分野に特化した参加者が、そのコミュニティーで経験した者のみが理解できるような難解な言葉と経験をもとにディテールにわたる議論を戦わせるぎりぎりの現場は、華やかさは全く無く、喧嘩腰のやり合いも日常茶飯事、地味で泥臭いものですが、その結界の中に身を投じる通訳者こそ真のプロフェッショナルとも呼べるのではないでしょうか。

 

さて、今月は以上です。

これから日本は、世界はどうなってゆくのでしょうか。

何が起ころうともしっかりと自分自身の生き方を見つめてゆきましょう。

Stay at home.

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