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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

和田泰治先生のコラム 『通訳歳時記』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第5回:水無月

<水無月の竹を叩くや俄雨(松瀬青々)>

 

皆さんこんにちは。今月もまずは近況から。

 

四月に引き続き五月もこれまで通りの新しい生活ルーティンで過ごしました。仕事については、自宅からのオンライン通訳が1件と現場へ出向いての決算発表のリモートでの説明会が1件の計2件でした。

 

世界中で今や大きな話題は経済、社会活動の再開(”reopening”)です。日本でも非常事態宣言の部分的な解除が発表され、恐る恐る手探りでこれからの「ウィズコロナ」的新生活様式に踏み出そうとしています。自粛緩和による第2波、第3波の感染も懸念される中での疑心暗鬼な毎日がまだまだ続きそうです。

 

通訳者にとっての状況はさらに不透明です。

 

自宅からのリモートでの通訳も少しずつ普及しつつありますが、外国との時差の問題などもあり限定的です。基本的に各国の渡航制限が解除されない限り本格的な正常化は期待できません。観光業と同じで、ワクチンの開発普及が正常化の最低条件になるでしょう。とすれば、あと1年以上は今の状況を覚悟する必要があるかもしれません。

 

さて、今月は特定の通訳の分野ということではなく、時節柄何かと注目されている「デジタル化と通訳の仕事」という観点からお話してまいりたいと思います。

 

先述の通り、コロナウイルスによる3密回避のため、対面型での通訳業務や国際会議、イベントはほぼゼロという状況ですが、その一方で在宅でのオンライン通訳が徐々に普及しつつあります。一般的にもオンライン飲み会などという全く新しいコミュニケーションの機会が普及しています。

 

通訳者も、自宅でテレビ会議の通訳ができるなどということはこれまで全く考えられなかったことです。せいぜいカンファレンスブリッジにアクセスして音声のみで電話会議の通訳をするくらいが関の山でした。そのため自宅の電話をスピーカーホンに替えてみたり、中にはわざわざ電話会議用の高価なハードウェアを購入した通訳者もいらっしゃいました。それが今では、Zoomなどのアプリケーションを使えばインターネットで簡単にテレビ会議ができてしまうわけですから驚いてしまいます。回線も日本では広帯域のブロードバンド通信が一般家庭でも普通に利用されています。

 

通訳者の通常の仕事環境も昔とは随分と様変わりしてきました。エージェントさんとの連絡や資料のやりとりも、ひと昔前は電話とファックスでした。毎日大量のファックスが届き、印字用のインクフィルムがすぐに無くなっていたものです。はてさて最後にファックスが来たのは何年前のことだったか記憶がありません。

 

現在では連絡のやりとりはeメール。資料もかなりのものがソフトコピーのみになりつつあります。もはや紙に出力したハードコピーを宅配便やバイク便で受け取り現場へ持ってゆくというやり方はデフォルトで無くなりつつあります。「紙も必要ですか?」と確認する担当者も増えてきました。手を挙げなきゃ紙の資料はもらえないという時代になりつつあります。

 

これは、小型のラップトップパソコンやタブレットなどのコンパクトな機器が普及して現場に持ち込めるようになったためです。昔はそうした機器を現場で使っている通訳者は数えるほどでした。最近では、複数のパワーポイントのスライドを同時に表示したり、英語、日本語のページを交互に表示したり、スタイラスペンを使って電子的に書き込むこともできるようになりました。時に肩がはずれるかと思うほど大量で重たい紙の資料を運ばずにすむという利点もありますし、ソフトコピーであれば拡大、縮小表示も簡単にできます。私などはまだ時として紙で頂いていますが、既に完全にペーパーレス化している通訳者の方もたくさんいます。

 

メールで新規の仕事の依頼を受け、スマホのスケジューラーに入力。資料はソフトコピーを受信してそのままパソコンやタブレット上で表示して読み込み、不明な言葉やコンテンツは即座にネットで検索、学習。検索した参考資料はパソコンに保存。必要があれば表示した資料に手書きで書き込み。現場にはパソコンだけを持参して通訳。スケジュールや参考資料はクラウドを介していつでも好きな時に、パソコン、タブレット、スマホなどどんな機器からでもアクセスできる。

 

・・・・・・・・・・・とまぁ、こんな感じでしょうか。こんなことを書くと、恐らく若い通訳者の皆さんは「なんだ。何がデジタル化だ。当たり前のことばかりじゃないか。どこがすごいんだ」とおっしゃることと思います。確かにその通りなのですが、還暦を迎えた年寄りからするとこれがどんなに凄いことなのかというのを最後にお話ししておきたいと思います。

 

時計の針を30数年前まで巻き戻します。時は1980年初頭。私が旅行会社に就職して社会人になった頃でございます。旅行業界では最大手のこの会社ですら、パソコンなんか影も形もありません。配属された150人ほどの事業部にたった2台だけ東芝のTOSWORDというワープロの専用機があるだけですし、このワープロを使える人も数人しかいません。電源の入れ方すらわかりません。見積もり、請求書はすべて手書きです。計算は電卓。コピーをとるためカーボン紙を挟んで作成します。数十ページにわたる請求書であろうと、たった一箇所間違えただけでまた延々と書き直しです。これで徹夜したこともあります。英文はタイプライターを使えるのでまだ楽です。しかも自宅のオリベッティレッテラブラックとは違って会社のは何と電動タイプライターです!
海外とやりとりするのはTELEX。原稿を作成して電信室でオペレーターさんに発信してもらいます。文字単位で通信料が課金されるので、略語を使わないで原稿を作るとこっぴどく叱られます。PleaseはPLS、As soon as possible はASAP。
入社した翌年に「ファクシミリ」という凄いマシンが1台だけ導入されました。書いた手書きの原稿がそのまま届くという信じられない機械です!当時はファクシミリを使う時には上司の許可が必要でした。原稿が電波となってそのまま空を飛んでゆくと本気で信じているおっさんがいました。「そんなアホなことあるわけないだろ」と言って皆で笑い者にしていましたが、心のどこかで、もしかしたら本当に電波になって飛んでいっているのかもしれないと密かに考えていました。さらにその翌年、「ショルダーホン」と呼ばれる持ち運びできる電話が!・・・・

 

とまぁこのあとも「Mac登場」、「インターネット開通」、「Windowsが我が家に来た」、「これが携帯電話だ」・・・・・と延々と続いてゆくわけですが、「爺の昔話はもうええわ!」と呆れられる前にやめておきましょう。要は、わずか三十有余年でこれだけ世の中は変わったというお話です。さらにこれから先5年、10年、通訳者の環境は我々の予想を遥かに超えて変化してゆくことでしょう。
ただ今は10年先のことより明日の自分、明日の日本、明日の世界をしっかりと見つめてゆく時ですね。

 

 

それでは皆さん、また来月お会いしましょう。ごきげんよう。

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