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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

和田泰治先生のコラム 『通訳歳時記』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第11回:師走

<出逢ひたる人もそゝくさ師走街(阿部みどり女)>

 

とうとう師走となりました。年頭に今年がこのような年になると考えていた方は誰一人としていなかったでしょう。現在ですら、ぼんやりと窓から外を眺めていると、日本中が、否、世界中が想像さえできないような惨禍に見舞われているとは俄かには実感できない不思議な感覚に見舞われます。人たちはいつものように街を行き交い、窓から差し込む冬の日差しや、木立を吹き抜け冬将軍の到来を告げる北風も、いつもの年の瀬と変わらぬ季節を感じさせるばかりです。しかし、はっと我に返れば、日常生活も、社会も、全てが、目には見えない大いなる脅威と対峙し続けていることに思い至ります。

 

急激に襲って来た新型コロナウイルス感染の第3波は、これまで何度も指摘されてきた危機が現実のものとなる瀬戸際にまで我々を追いこんでいます。春、夏を上回る感染の急増によって海外では再びロックダウンや医療現場の窮状が叫ばれており、日本でも、本稿執筆時点で毎日の感染者数が2000人を大きく超える水準に達しています。12月中には東京だけで一日900人近い感染者が報告されるだろうとの予測もあります。先行きは、より一層不透明になってしまった感があります。

  

11月は比較的仕事の件数も増えましたが、例年と比較すると、まだ5割から6割程度といったところでした。

 

さて、今月の本題です。昨年の12月はどんな仕事をしていたかなとスケジュールを確認してみたところ、内閣官房長官の定例記者会見の仕事をしていたことがわかりました。そこで今回はこの案件について解説してみたいと思います。

 

官房長官は原則として月曜日から金曜日の毎日午前、午後の2回定例の記者会見を首相官邸の会見室で行っています。全て手話通訳と同時通訳が行われ、公開されています。いつも担当されている常連の通訳者の方がいらっしゃるようですが、年に数回だけ、人手の足りない時に依頼があり、昨年も何度か担当しました。ここ数年の内閣官房長官はご存じの通り、現内閣総理大臣の菅義偉さんでした。午前、午後、それぞれ会見時間は各20分から30分くらいで、比較的短時間ですが、記者との質疑応答で進行しますので、思わぬ質問が出ることもあり、緊張感は相当に高い業務です。通訳者2名が担当し、一問一答で交替します。

 

曜日によっては午前の会見前に定例閣議があり、質疑応答の前にその要旨が官房長官から報告されます。これは「読み上げ」と呼ばれており、文字通り要旨の文面を読み上げるのですが、口語ではないうえに質疑応答で取り上げられるトピックスとは違って人事や事務的な報告内容が中心で、長い肩書や、お役所言葉など、慣れないうちは戸惑います。

 

この仕事のポイントは、事前に記者の質問内容を予測する必要があるということです。その時々にメディアで大きく取り上げられている時事問題を中心に準備しておく必要があります。たまたま小生が担当した時期を振り返ってみますと、「沖縄米軍基地移設問題」、「北朝鮮の飛翔体発射」、「皇室関連行事」、「森加計」、「桜を見る会」、「検事長人事」、などがその都度、記者からの質問の中心でした。今年は春以降担当する機会がありませんが、恐らく「新型コロナウイルス」や「新政権」、「日本学術会議」、再燃した「桜を見る会」などがトピックスの中心でしょう。

 

担当する日が決まったら、数日前から英字媒体の関連記事を検索して勉強しておきます。皇室関係は敬称や儀式の正式名称などを事前に調べておかねばなりませんし、質問の対象になりそうな人物の名前や肩書も出来得る限り調べて準備しておきます。中国の地名や人名などは特に念を入れて予想しておきます。

 

当日の朝に予期せぬ大きな事件や事故が発生することも多々ありますので、会見直前まで最新のニュースを一通りチェックしておくことも必要です。常連の通訳の方に教えて頂いたのはニュース検索エンジンの「Ceek Japan」ですが、それ以外にも「Smart News」や「Yahoo News」をチェックします。一番良いのは、日頃から英字新聞などを読み込んで、日本の時事問題については常に情報と言葉をアップデートしておくことでしょう。常連の通訳の方は、分厚い専用のノートにその日その日に出てきた用語を書き溜めていらっしゃるようです。

 

予期せぬと言えば、年に数日しか担当していないにもかかわらず、よりによって担当していたその日の明け方に北朝鮮が飛翔体を発射し、午前4時過ぎにエージェント担当者から「すぐ官邸へ行って下さい」と電話がかかってきたこともありました。あせって北朝鮮のミサイルの名称などを調べた記憶があります。

 

前述の通り、内閣官房長官の定例記者会見は、毎日必ず首相官邸のホームページにアップされますので、ご興味のある方は是非一度ご覧になってみて下さい。

 

今月は以上です。本連載も次回が最終回となります。激動とも言えるこの1年間を振り返り、例年と比較して通訳の日常と仕事はどのように変わったのかを詳しくお伝えしたいと思います。

 

皆様、それではまた。ごきげんよう!

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