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プロの視点


『Hocus Corpus』 コトバとの出会いで綴る通訳者の世界 和田泰治

第1回

"Dog and pony show"

通訳者の和田泰冶です。
今月よりあらたにブログを執筆させて頂くことになりました。タイトルは“Hocus Corpus”です。

  

通訳者にとって言葉とは、切っても切れない間柄です。時には親友のように時には恋人のように、そして時には家族のような存在でもあります。窮地に陥って万事休すと思われた時、 たった一言の言葉があたかも魔法の呪文のように解決に導いてくれることもあれば、時として突然魔物となり牙をむいて襲い掛かって来ることもあります。

 

外国語である英語に初めて接したのは中学1年生の時ですから半世紀近くも前のこと。 母国語である日本語との付き合いは60年以上になりますが、当然のことながら、未だに言葉の大海にただ一人投げ出され、当てもなく漂流し続けています。

  

本コラムでは、通訳者の立場から、これまで携わってきた数々の言葉を切り口として、様々なことを綴ってゆきたいと思います。 数十年前に学習した言葉のこと、またその時々の最新のトピックに関連した言葉について、 またこれまでの四半世紀にわたる通訳者として現場で学んだ言葉のことを書かせて頂くこともあるでしょう。 決して体系的に皆さんの勉強の糧となるものばかりとは限りません。たった一言の言葉をきっかけにした通訳の実経験の思い出を語ることもあるかも知れません。 もちろん、及ばずながら、限られた実績を活かして実践的にお役に立てるような内容も頑張って書いてゆきたいと思っています。

  

さて、第1回は”Dog and pony show“という表題にさせて頂きました。今回は、このコトバの思い出話を致します。数多くの通訳の現場の中で、 そのコトバが使われた状況、景色、登場人物などをくっきりと思い出せるものは数多くありませんが、これは、そんな数少ないフレーズのうちの一つです。

  

もうかれこれ20年近く前のことになります。当時はそれまで勤務していた会社を退職して通訳者を生業としたばかりの頃でした。 当時は某外資系メーカーで社内通訳者として仕事をしておりました。それまでマーケティングやセールスなど様々な部署の通訳をしていましたが、 その時は大規模な物流センターのプロジェクトに専属の通訳者として関わっていました。用地の取得から設計、建設、 ロジスティックスに関するソフトウェアの開発・運用に至るまで、総投資額数百億円という大規模なプロジェクトで、国内・海外から ロジスティックスやITの人材が招集され、コンサルティング会社の専任スタッフも含めて大がかりなプロジェクトチームが編成されていました。 分野は多岐にわたり、毎日侃々諤々様々な作業やミーティングが行われている状況でした。大規模なプロジェクトにはつきものの様々な問題も発生し、 時には殺気立つような局面もありましたが、そんな中、時折、本社の役員やお役所、自治体のお偉方がやって来ては視察をしたり、 プロジェクトの進捗についてのプレゼンテーションを受けることがありました。そんな時は、お決まりのプレゼンテーション資料を使い、 それが如何に大規模なプロジェクトで、最先端の設備とITシステムが実装され、 完成のあかつきには世界にも稀にみる最新鋭のセンターになるという説明をして拍手喝采めでたしめでたしということになります。 実際にその通りのプロジェクトであり、嘘偽りは一切ないのですが、プレゼンテーションするのはまさに氷山の一角。 海面下ではその何百倍もの困難な作業や調整が繰り返されています。でもお偉方相手にはそんな些末な話は一切しないわけです。 悪く言えば「綺麗事」だけで満足してお引き取り頂くのが目的の、とは言え超多忙な中、大がかりな手間の掛かるミーティングなわけです。

  

ある日、またそんなお客様が視察にやって来ることになり、例のプレゼンテーションを通訳することになりました。 責任者の外国人マネージャー数人と車の中でその話になり、「またいつものやつをやるんでしょ?」と尋ねた時にマネージャーの 一人がニヤリと皮肉な笑いを浮かべながら答えたのが、”Yes. It’s another dog and pony show”というフレーズでした。 自分にとっては初めて聞く言葉でしたが、即座に感覚的な語感を理解することができました。
辞書では以下のように定義されています。

  

[Webster’s New World College Dictionary]
an elaborate event, presentation, etc. intended to impress or influence people: a dismissive term:

  

[ランダムハウス英和大辞典ではこう定義されています]
① つまらない見世物(サーカス)
② 騒ぎ立てた割にはつまらない手の込んだ宣伝
③ 新製品の展示・実演

  

通訳として仕事を始めたばかりの時のことでしたが、知らなかった言葉を聞いて「体で語感を感じる」ことを知った貴重な経験でした。

  

今回はひとつのフレーズについてのみ書かせて頂きましたが、次回は今まさに世の中の最大のトピック「新型コロナウイルス」に関するコトバを、主に昨年から今年にかけて、実際に通訳現場で学んだ言葉、使った言葉を中心にまとめてみたいと思います。

  

それでは皆さん。ごきげんよう。

  

和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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