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プロの視点


『Hocus Corpus』 コトバとの出会いで綴る通訳者の世界 和田泰治

第3回

"gobbledygooks"

今年の3月11日で東日本大震災の発生からちょうど10年となりました。今月は、その時の経験に関するコトバとの出会いから、いろいろなことを書いてゆきたいと思います。
2011年3月11日14時46分に東日本を襲った大地震は東北を中心に甚大な災害をもたらしましたが、津波の被害や家屋の倒壊に加えて、福島原子力発電所の事故は、日本国民を次元の違う恐怖に向き合わせることになりました。
地震発生の翌日から、仕事はほぼ全てキャンセルとなり、一日中自宅でメディアに食い入るようにして地震被害や原発の状況に目を凝らし、耳をそばだてる毎日になりました。
ニュースでは、繰り返し政府高官の記者会見を流していましたが、通訳の職業病のようなもので、会見を聴きながら、これを通訳したらどうなるかなぁと考えながら聴いていました。ところが、これが非常に難解な会見で、言葉数も多く何となくいろいろなことを話しているようには聞こえるのですが、その意図や結論がわからない、言葉自体も行政用語というのか、官僚用語というのか、我々の日常会話とはどこかかけ離れた、別世界の人達が書いた作文を聞かされているような感覚でした。これを通訳しろと言われたら往生するなぁと思っていたところに、知人の通訳者からメールが送られてきました。読んでみると…「記者会見てる?これ通訳しろって言われたら嫌だよねぇ」と書いてありました。考えることは皆同じだなと妙に納得したものです。
翌週のTIME誌も記事の中心は地震と原発事故でしたが、その中でこの一連の記者会見が“gobbledygook”だと書かれていました。単語自体はそれまでにも知っていたのですが、単に「ちんぷんかんぷんでわけのわからない話」程度の意味として漠然と覚えていた言葉でした。それが、自分自身が感じた感覚と相まってそのニュアンスを始めて明確に理解することができました。

  

この言葉を英和辞典で引いてみますと、以下のように定義されています。
(公文書のような)回りくどくてわかりにくい言葉。1944年米国テキサス州の共和党員Maury Maverick(1895-1954)の造語。七面鳥の鳴き声を表したもの。
<新英和大辞典>

さらに語源辞典でその詳しい起源を調べてみます。ちょっと長いですが全て引用します。

also gobbledegook, "the overinvolved, pompous talk of officialdom" [Klein], 1944, American English, first used by Texas politician Maury Maverick (1895-1954), a grandson of the inspiration for maverick and chairman of U.S. Smaller War Plants Corporation during World War II, in a memo dated March 30, 1944, banning "gobbledygook language" and mock-threateaning, "anyone using the words activation or implementation will be shot." Maverick said he made up the word in imitation of turkey noise. Another word for it, coined about the same time, was bafflegab (1952).

(Online Etymology Dictionary)

 

官僚の横柄でもったいぶった物言いに対する強烈な皮肉と怒りを込めた造語がもともとの語源だということがわかります。一般的に「わけのわからない話」である“doublespeak”の一種で、素人にはわからない専門用語や言い回しである”jargon”“verbiage”を「意図的に」随所にちりばめた難解な表現というのが自分なりの理解です。
ただ、こういった“gobbledygook”を駆使した発言や答弁が、仮に相手を煙に巻くのがその趣旨だとしても、難解な言葉を散りばめるだけの知識や言語能力を要するだけ、まだましな高等戦術だと言えるのではないでしょうか。

 

昨今よく耳にするのは単なる言い逃れやごまかしで終始する次元の低いもの。英語で言えば“dodge”とか“evade”“quibble”あるいは”prevaricate”でしょうか。昔勉強したディベートの教本に掲載されていた実例の中に、相手ののらりくらりととらえどころのない回答に対して“Nice wishy-washy answer”と皮肉まじりの切り返しが掲載されていたのを思い出します。他にも、関係ない話題“red herring”で話をそらそうとしたり、質問されたことに答えず相手の論点を勝手にすり替えては延々と時間をつぶす”strawman argument”のような詭弁もよく耳にします。他にも「募ったが募集していない」などという解釈不能な答弁もありました。さらには「記憶にございません」の連発を聞くに及んでは、言い逃れの知恵すら劣化しているのかと危惧してしまいます。
因みに、こうした低レベルの詭弁の一種を「ご飯論法」と称することがありますが、一時この「ご飯論法」という言葉を英訳するのに非常に頭を悩ませました。ご存じのようにこんな論法です。

  

「今朝はご飯は食べておりません」
「嘘をつくな。朝食にトーストを食べたという証拠があるぞ」
「はい。ですからパンは食べましたが、ご飯は食べておりません」

  

この子供のとんちクイズのような論法を説明しようとすると…『日本語では食事のことを「ご飯」という言葉で表現することができる。例えば「ご飯」は「食材としての米」を指す言葉であるが、所謂「提喩」(”synecdoche”)によって上位概念である「食事」全般の意味でも使われている。これを逆手にとって、相手の質問を意図的に曲解し、言い逃れしようとする論法』…とでもなりましょうか。これを英語で通訳するのはなかなか難儀です。手短に”bureaucrats’ sophistry to fudge and mudge difficult questions”などと説明することにしています。通訳というのは、何事も勉強のネタになるものです。

  

今月は以上です。それではまた!ごきげんよう。

  

和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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