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『Hocus Corpus』 コトバとの出会いで綴る通訳者の世界 和田泰治

第5回

“Baron Von Ripper-off”

通訳者というものは誰しもその時々の「流行り言葉」に敏感になるものです。毎年「流行語大賞」”The Buzzwords of the year”の上位にランクインするような言葉はその都度、現場で出てきたらどうしようと気になってしかたがない職業病のようなものでしょう。スピーカーの中には、わざわざ「これは通訳さんも訳せないでしょうけど・・・・」などと注釈を付ける人もいるので、そういった経験をすると余計この類の流行り言葉には敏感にならざるを得ないわけです。

  

昨年の流行語大賞の上位を振り返ってみますと、「3密」”Three Cs” or ”Crowds”, “Confined spaces”, “Close contact settings”、「アベノマスク」”old-fashioned gauze masks distributed by Shinzo Abe’s administration”、「Go To キャンペーン」”Tourism and eating out incentive campaign”など新型コロナ関連の言葉がずらりと並んでいます。また「あつ森」”Animal Crossing”、「愛の不時着」“Crash landing on you”、「鬼滅の刃」”Demon Slayer”、「アマビエ」”Japanese legendary spirit foretelling the epidemic”など、その他の流行語大賞上位ランカーも、準備していた甲斐あって現場で焦らずにすみました。

 

さて、今年はどうでしょうか。「変異株」はともかく、その他の候補らしきものは、「うっせえわ」とか「あせあせ」とか「ぴえん」など相当な難物が並んでいます。

 

そんな中、5月に入って登場した大賞候補の新語が「ぼったくり男爵」です。こちらは日本発ではなく、ワシントンポストの記事を通信社が翻訳して配信したとのことでしたので、さっそく原文を読んでみますと、「ぼったくり男爵」は“Baron Von Ripper-off”だとわかりました。以下にその記事の一部を抜粋します。

  

Japan should cut its losses and tell the IOC to take its Olympic pillage somewhere else
The Washington Post
May 5, 2021 by Sally Jenkins

Somewhere along the line Baron Von Ripper-off and the other gold-plated pretenders at the International Olympic Committee decided to treat Japan as their footstool. But Japan didn’t surrender its sovereignty when it agreed to host the Olympics. If the Tokyo Summer Games have become a threat to the national interest, Japan’s leaders should tell the IOC to go find another duchy to plunder. A cancellation would be hard — but it would also be a cure.

Von Ripper-off, a.k.a. IOC President Thomas Bach, and his attendants have a bad habit of ruining their hosts, like royals on tour who consume all the wheat sheaves in the province and leave stubble behind. Where, exactly, does the IOC get off imperiously insisting that the Games must go on, when fully 72 percent of the Japanese public is reluctant or unwilling to entertain 15,000 foreign athletes and officials in the midst of a pandemic?

  

日本の大手メディアでは有り得ないほど辛辣ではありますが、海外メディアならではの鋭い切り口の記事だと思います。
伯爵でも侯爵でも子爵でもなくBaron(男爵)という爵位が選ばれているのは、言うまでも無く、近代五輪の祖と称されるクーベルタン男爵“Baron de Coubertin”になぞらえて皮肉ったものだと思いますが、領地の民から収奪の限りを尽くして贅沢三昧の暮らしを送る貴族を五輪貴族に重ねている意味もあるでしょう。“von”はドイツ人、オーストリア人の貴族の家名の前につける前置詞であり、IOC会長がドイツ人であることから使われています。表現上最も重要な”ripper-off”はご承知の通り”rip off”する人のことです。

  

◆rip sb off
(informal) cheat sb; get money from sb by deceit; charge very high prices
◆rip sth off
(informal) steal sth; get sth by dishonesty or cunning; steal from sth
【Oxford A Learner’s Dictionary of English Idioms】

つまりは泥棒、強盗の類です。

  

通信社が翻訳した「ぼったくり」も的を射た日本語だと思います。「ぼったくり」には、単に人の金を盗むというだけではなく、最初は言葉巧みにカモを誘惑し、騙して気づかぬうちに次から次へと予期していなかった請求を吹っ掛ける。はっと気づいた時には後の祭り。最後には法外な金を巻き上げるという意味合いを含んでいるからです。騙されたほうは、恫喝されたり、脅されたり、弱みを握られていたりでどうすることも出来ない。それが「ぼったくり」です。当初の「コンパクト五輪」はどこへやら、知らぬ間に費用負担が数兆円に膨れ上がった我が国のオリンピック・パラリンピックはまさに「ぼったくり」。

  

記事の中でもう一つ注目した言葉は”sovereignty”です。「日本は五輪契約で主権を放棄したわけではない」。海外のメディアより先に日本の大手メディアに主張して欲しかった言葉ではありますが、「非常事態宣言下でも五輪はできる」とか、「五輪の夢を実現するのに犠牲は致し方無し」などとIOCに暴言を吐かれてなお、日本の国家元首が覇気の無い声で「決定権はIOCにある」としか繰り返さない昨今、主権国家たる日本にとって、まさに核心を突いた指摘だと感じる国民は多いと思います。

  

オリンピック・パラリンピックに関しては「安心・安全」が常套句になってきた感があります。あまりにも安易に「安全・安心」が政治的に語られるが故に、言葉自体が薄っぺらく、非常に軽くなってしまった感もありますが、英語訳では”safe and secure”が標準的な表現になっているようです。安全は確かに”safe”ですが、「安心」にどのような言葉が一番相応しいのか、いろいろ考えていました。先日、テニスの大坂なおみ選手は記者会見で、次のように発言していました。

  

"I feel like whatever makes everyone more comfortable and more safe. There's going to be a lot of people entering the country, so they definitely have to make the right decisions on that,"

単にマニュアルを作ったから「安心・安全」、関係者がワクチンを接種したから「安心・安全」という官僚的な言い訳ではなく、国民全体が心から開催を祝福し、楽しむというニュアンスを感じさせる”comfortable”という言葉が胸に残りました。

  

さてさて、このように、その時々に出会ったbuzzwordsに関心を持ち、辞書やネットで調べては、あれやこれやと思いを巡らすのもまた通訳者の充実した日常の一コマです。

  

今月も駄文にお付き合い頂きどうもありがとうございました。
それでは皆さんごきげんよう。

  

和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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