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『Hocus Corpus』 コトバとの出会いで綴る通訳者の世界 和田泰治

第10回

「親ガチャ」

今年になって新たに出会った言葉に「親ガチャ」があります。最初に目にした時には意味が全く理解できませんでした。

  

「俺は頭が悪いんだよ。親ガチャ失敗した」
「貧乏だからしかたないだろ。親ガチャの引きマジ最悪だわ」
「親ガチャノーマル以下だわ。どうしようもないよ。子ガチャみたいにリセマラできない」

 

ゲーム関連の通訳にも時々声を掛けて頂くことがあり、この手のネットスラングもその時々で多少は勉強しているのですが、この「親ガチャ」はその域を超えて社会的な注目を集めています。大筋の意味合いとしては「子供は親を選べない。才能も容姿も財力もコネも何もかも親の当たり外れで人生は決まる」ということのようです。「ガチャ」はご存知の通り「ガチャ」とか「ガチャガチャ」と呼ばれる小型の自販機で、ガチャガチャハンドルを回すと賞品の入ったカプセルが出てくる玩具です(”capsule toys <called Gacha machines>”)。カプセルの中の賞品は選ぶことができません。自分が生まれてくる親も選べないというところから拡散した表現らしいのですが、こうした考え方が良いか悪いか、若者をそのような考え方に駆り立てる社会的要因は何か、格差社会の生んだ現象だ、いやそもそも親に対する感謝の気持ちが無いとは何事か、とネットは言うに及ばずテレビのワイドショーに登場する芸能人から大学の先生に至るまで侃々諤々議論されています。自分なりの考えはいろいろありますが、本稿の趣旨からは外れますので本題に入りましょう。

 

さて、この「親ガチャ」はどのような英語で表現するのが適当なのでしょうか。調べてみたところ “parents lottery”という言葉がありました。”draw good/bad parents in lottery” との表現もありました。こちらのほうがわかり易く安全かも知れません。また「ガチャ」のニュアンスの訳出を気にしないのであれば単純に “You can’t chose your parents”とか “You have no choice over the family which you are born to.” でも良さそうです。「子は親を選べない」という表現は昔からあります。

  

また、一種の ”The Matthew effect” ではないかとの解釈もあります。これは1968年にアメリカの社会学者ロバート・キング・マートン (Robert King Merton) が論じた原理で、条件に恵まれている有名な科学者のほうが無名な科学者よりも多くの見返りを得ていると論じたものです。マタイ福音書の一節からマタイ効果と名付けられたそうですが、科学者だけでなく「格差は増長し、金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏になる」と論じる際の根拠ともなっているようです。

  

ついでに関連していそうな諺の類も調べてみましょう。ニュアンスでやや近いのは「カエルの子はカエル」でしょうか。
The apple doesn’t fall far from the tree.
Like father, like son.
Such a father, such a son. (親も親なら子も子)
a chip off the old block

  

また「親ガチャ大当たり」で大いにその幸運を謳歌している人達に対する陰口にあたるのは「親の七光」でしょうか。
riding one’s parent’s coattails

  

親ガチャ成功の皆さんも、いつまでも生まれついての境遇に胡座をかいていてはいけません。
「いつまでもあると思うな親と金」これはぴったりくる既存の英語の表現がありません。親と金を一緒にしているところは日本固有の感覚です。
You can’t rely on your parents forever.
It’s too late to spare when the bottom is bare.
Anytime means no time.

  

因みに最初にご紹介した例文「親ガチャノーマル以下だわ。どうしようもないよ。子ガチャみたいにリセマラできない」に登場した「リセマラ」というネットスラングは「リセットマラソン」の省略形で「何度でもリセットを繰り返す」ことです。「子ガチャはリセマラできる」とは・・・・・・・いやはや殺伐としております。

  

また親ガチャの類語は子ガチャだけでなく上司ガチャとか国ガチャというのもあるそうですが、我々日本人の国ガチャはアタリでしょうか?ハズレでしょうか?

  

今回は以上です。また次回までごきげんよう。

  

和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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