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プロの視点
『Hocus Corpus』 コトバとの出会いで綴る通訳者の世界 和田泰治
第12回
“Ladies and Gentlemen”
皆さん
新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2022年となりましたが、巷ではオミクロン株の感染がじわりじわりと不気味に増加し、本日は東京の新規感染者数が10月以来となる100人を超えました。その一方で「ワクチンを接種していれば大丈夫」、「ほとんどが無症状か軽症だから恐るるに足りず」との楽観論も強く、初詣に例年の賑わいが戻ったようにも感じました。このまま終息してくれることを祈りつつ今月の本題に入ります。
昨年、担当している通訳者養成コースの授業の初日に受講生の方から「会議の挨拶で冒頭、”Ladies and Gentlemen”という表現を使っても良いものでしょうか?」というご質問を頂きました。多様性へ一昨年、多様性の配慮から航空会社が機内アナウンスでこの決り文句の使用を廃止したというニュースは知っていたのですが通訳現場で許容されるのか否かということになると定かではなかったため、調べて次回にご報告しますということで宿題にさせて頂きました。
実際には数年前から公共交通機のアナウンスなどでは議論となっていたようなのですが、実はあまり通訳の現場でこのコトバを意識したことはありませんでした。日本語でも「紳士淑女の皆様方」と言う表現はほとんど使いません。そこで、まず第一線でご活躍の通訳者の皆さん5人ほどにお伺いしてみました。3人の方はやはりこれまで積極的に意識したことが無いというニュアンスのご回答でした。
1名のかたは、過去に一度だけ、主催者から”Ladies and Gentlemen”という英語は使わず “Dear participants”と言って欲しいと指示があったとのことでした。
もう一名は大学で教鞭も取っていらっしゃった方なのですが、所謂 “non-binary”の流れで “Ladies and Gentlemen”もpolitically correctではないと考えられ始めており、呼びかけには使わないと公式に表明している企業や機関が増えていると理解していますとのご回答を頂きました。また、性別がわからない時の代名詞に以前は男性を指すhe/him/hisを使うのが慣用的な用法だったが、最近ではhe or sheあるいはhis or herなどと並列で表現するようにと学生に指導していたとのことでした。
代名詞の慣用的用法については、昨年 “gender neutrality”に関するセミナーで通訳させて頂いた際にも講演者が言及されていらっしゃいましたが、he or sheの並列 からさらに男女を区別しない三人称複数のthey/them/theirを使うべきという議論もあるようです。
そもそもこの “Ladies and Gentlemen”という表現の是非についてはLGBTQなどの性的マイノリティーを含めた多様性社会に配慮すべきという考え方と、女性差別の解決を目指す “gender neutrality”を基本とした主張の両面があります。
”Ladies and Gentlemen”についてはその後実際に通訳を担当したセミナー等で、英語のスピーカーが普通に使っていたケースが複数ありましたし、CNNのキャスターも使っていましたので、未だに絶対的なタブー表現というわけではないようですが、特に使う必要性のあるコトバでもありませんので使用は避けるべきでしょう。
むしろ通訳者としては “gender-neutral language”のほうが数も多く、気を配る必要がありそうです。
【gender neutrality】
policies or ideas that seek to avoid or remove obvious
distinctions between males and females
(Macmillan Dictionary)
皆さんもご存知かと思いますがいくつか例を挙げてみましょう。
●humankind (mankind)
●police officer (policeman)
●firefighter (fireman)
●flight attendant (stewardess)
●chair (chairman)
●sales representative (salesman)
●workforce (manpower)
このように英語では男性に限定する “man”を含んだ言葉が対象となることが多いようですが、日本語では逆に、ある職業を女性に限定するような表現が対象となっていて対照的だと感じます。
●看護師(看護婦)
●保育士(保母)
性的マイノリティーに関してもコトバの学習は欠かせません。数年前、某外資系企業の社内セミナーで通訳をした際、事前にLGBTの問題については充分に予習していたはずなのに、現場でLGBTQと言われて”Q”がわからず冷や汗をかいたことがつい昨日のことのように思い出されます。現在ではさらに多様化が進み、”non-binary”、“asexual”、”aromantic”、”LGBTQIA+”なるコトバも使われつつあるようです。
通訳者が向き合うコトバの世界は本当に果てしないものだと痛感しています。
今月は以上です。それではまた次回までごきげんよう。
和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。
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