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『Hocus Corpus』 コトバとの出会いで綴る通訳者の世界 和田泰治

第17回

“Prima facie”(前編)

過去にも何度かブログで書いてきたことではありますが、通訳者としての個人的に最も重要な基盤は学生時代にクラブ活動で経験したディベートに遡ります。そこで本稿から(前編)、(中編)、(後編)三回にわたり、ディベートを学習、経験したことが自分の通訳の基盤としてどのように機能しているのかということをお話致します。
尚、執筆に際しましてはDonald W. Klopf/James C. McCroskey著 “The Elements of Debate” を参考文献とさせて頂きます。

 

パブリックスピーチや弁論を学習する目的のディベートはアカデミックディベートとも呼ばれています。本ブログの第13回でも触れましたが、本稿で述べるディベートとは具体的な政策を論じ合う “policy debate”と定義されているもので、現行の政府の政策を変更すべきであるという命題(proposition)に対して、「変更すべきである」(命題に対して肯定側:Affirmative)と「変更する必要はない・すべきではない」(命題に対して否定側:Negative)に分かれて論戦を展開します。

 

例えば、「日本は消費税を廃止すべきである」というpropositionが提示されたとすれば、「日本政府は消費税を廃止すべきである」(Affirmative)と「日本政府は消費税を廃止する必要はない・廃止すべきではない」(Negative)に分かれてそれぞれ論陣を張るということになります。

  

Affirmative、Negativeどちらの側に立つかはくじ引きで決めるか、総当たりのリーグ戦のような場合は事前に指定されることもあります。いずれにしても、ディベートの大会に参加する数ヶ月前から、どちらの側に立っても対応できるように準備をします。

  

基本的な考え方は法廷と同じで、まずは現状を変えるべきと主張する命題肯定側(Affirmative)が検証責任を負います。裁判に例えるならば原告側です。故にディベートはAffirmative側の立論から始まります。ここで命題肯定側(Affirmative)が論旨を検証できていないと判断されれば命題否定側(Negative)は一言も反論する必要もなく自動的に勝つことになります。要するに【疑わしきは罰せず】ということです。これが ”prima facie case”で、法律用語では「反証されない限り主張通りになる一応有利な状態」を指します。そのあとは、決められたルールに則り両者の立論(Constructive speech)、反対質問(Cross examination)、反駁弁論(Rebuttal speech)を交互に行い、公正な立場の審判(Judge)によって勝敗が決します。以下は2人制ディベートの基本的な進行の一例です。

  • 1.First affirmative constructive speech (8分)
    <肯定側第一立論>
  • 2.First affirmative questioned by second negative(3分)
    <肯定側第一立論に対する否定側反対質問>
  • 3.First negative constructive speech(8分)
    <否定側第一立論>
  • 4.First negative questioned by first affirmative(3分)
    <否定側第一立論に対する肯定側反対質問>
  • 5.Second affirmative constructive speech(8分)
    <肯定側第二立論>
  • 6.Second affirmative questioned by first negative(3分)
    <肯定側第二立論に対する肯定側反対質問>
  • 7.Second negative constructive speech(8分)
    <否定側第二立論>
  • 8.Second negative questioned by second affirmative(3分)
    <否定側第一立論に対する肯定側反対質問>
  • 9.First negative rebuttal(4分)
    <否定側第一反駁弁論>
  • 10.First affirmative rebuttal(4分)
    <肯定側第一反駁弁論>
  • 11.Second negative rebuttal(4分)
    <否定側第二反駁弁論>
  • 12.Second affirmative rebuttal(4分)
    <肯定側第二反駁弁論>

さて本題に入ります。そもそもこのディベートがどのように私の通訳の基盤となっているのでしょうか。パブリックスピーチのトレーニングとしてディベートの経験が極めて効果的だったということは言うまでもありませんが、もうひとつ重要な要素があります。

  

通訳をする際には、必ずそこに、何かしら相手に伝えたい事柄を持っている話し手が存在しています。例えば一般的なビジネスの通訳の現場では・・・・・

  • ●『自社の製品やサービスの優位性を相手に伝えたい』
  • ●『契約条件の交渉の場でこちらの要求の正当性を訴えたい』
  • ●『過失がこちらにあると主張する相手側の言い分を論破したい』
  • ●『これまでの不備をどのように改善するか理解してもらいたい』
  

相手を説得(論破)するためには論理的でなければなりませんが、論理的に筋道をつけて話すことの苦手な人もいます。説明の上手な人は知らず知らずのうちに様々な論理的説明の戦術を駆使するものですが、これが苦手な人は頭の中ではこうして説得してやろうと考えていても言葉足らずだったり、論旨の順番が効果的でなかったり、論理的に説明する時に必要な要素が欠落していたりすることが往々にしてあります。それを通訳者がただ単に話者の言葉通りに訳出しているだけでは甚だ不十分ではないでしょうか。話し手の言葉を補い、論理的流れに問題があれば通訳者のフィルターを通して修正し、説得力を増幅したうえで相手方に伝えることが必要ではないかと思うのです。そのために必要なツールがディベートのスキルなのです。

  

学生を対象としたアカデミックディベートでは、相手を説得するために有効な論理の組み立て方を具体的なパターン別に学習することができます。これが通訳の現場で非常に貴重な資産として活きています。数々のディベートで学んだ資産の中でも本稿でお話するのは“Case””Reasoning”です。

  

Case とは 先に述べたprima facie caseを立論するための論理の組み立て方のパターンを指します。

  

通訳現場に置き換えてみますと例えば『自社の製品やサービスの優位性を相手に伝えたい』意図を持ってプレゼンテーションをする担当者の通訳をすることになったとしましょう。これをディベートの命題(proposition)に置き換えてみると『御社は、現在稼働中のサイバーセキュリティシステムXを我社のYシステムに変更すべきである』と立論することになります。そのためにどのようなアプローチを取るのかが”Affirmative case”です。現行のシステムの欠陥を指摘するのか、欠陥を指摘するのが難しいなら全く同じ機能でも相当なコスト削減ができますと主張するのか、あるいは現在は問題無く見えても現状のシステムに依存し続ければ3年後に大きな問題が発生すると説くのか・・・・。このCaseについては次回の(中編)で詳しくご説明します。

  

Reasoningは大きな論理の流れの中のそれぞれ個別の論点を三角論法で論理的に説明するための各種のパターンのことです。
causal relationship、sign relationship、analogy、generalization、classificationなどがあります。何のことだとおっしゃるかも知れませんが、このreasoningについては次々回の(後編)で詳しくお話致します。

  

今月は以上です。
それではまた次回までごきげんよう。

  

参考文献
Klopf, D.W. & McCroskey, J.C. (1969). The Elements of Debate, the practical aspects of debating and the theory of argumentation, Arco

和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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