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プロの視点
『Hocus Corpus』 コトバとの出会いで綴る通訳者の世界 和田泰治
第19回
“Prima facie”(後編)
ディベートと通訳の関わりを論ずるに最も肝要な点は、話し手が伝えようとしていることを理解し、話し手に替わって相手にわかりやすくその論旨を説明するためにディベートの手法を活用することです。ディベートで教科書的に解説される立論の基礎的な枠組みや論旨の立証方法は、決して机上の空論から導き出されたものではありません。言い換えれば、人は誰でも相手を真剣に説得しようと一生懸命に試みている時、知らず知らずのうちに様々な論理的な工夫を凝らしながら話しているのではないでしょうか。そしてそれを体系的に整理し解説してくれているのがディベートの教科書です。
さて、今月はディベートのテーマも後編になりますが、論旨の理由付け
手順としてはまず先月ご紹介した “Case”によって立論全体の戦略的構成を決定します。
- ●『現在の古い車では事故に遭った際の危険が高いので、提案するこの新車に買い替えるべきだ』
- ●『現在のセキュリティソフトウェアの欠点によりサイバー攻撃を受け多大な損失を被ったので、提案するこの新しいソフトウェアに変更すべきだ』
などと立論をはかります。ただ、これだけでは単なる主観的な主張に過ぎず
主な
- ●Causal relationship(因果関係による理由付け)
- ●Sign relationship(しるし・兆候による理由付け)
- ●Analogy(類似性による理由付け)
- ●Generalization(汎化による理由付け:帰納的推論)
- ●Classification(類型化による理由付け:演繹的推論)
それぞれ簡単な事例を挙げてみましょう。考えられる反論も書き添えます。
Causal relationship(因果関係による推論)
- ◆Warrant: 円安により輸入品の小売価格が高騰する
- ◆Data: 先月から円安傾向が続いている。
- ◆Claim:輸入品の小売価格が高騰する。
<反論:円安幅がある一定の水準を超えない限り輸入品の小売価格には影響しない>
Sign relationship(しるし・兆候による推論)
- ◆Warrant:過去スパムメールが前月比で20%以上増加した月には必ず大規模なサイバー攻撃を受けている。
- ◆Data:今月のスパムメールは前月比で30%増である。
- ◆Claim:今後大規模なサイバー攻撃を受ける。
<反論:以前大規模なサイバー攻撃を受けた時にはスパムメールの増加だけでなく社内システムに対しての外部からの不正アクセスの急増があった。今回はスパムメールの増加だけで後者は検知されていない>
Analogy(類似による推論)
- ◆Warrant:顧客企業であるA社とB社は製品、規模、ビジネスモデル等で類似性が高い。
- ◆Data:景気減速でA社からの受注が半減した。
- ◆Claim:今後B社からの受注も大きく減る。
<反論:B社とはA社と異なる内容の契約を締結しており受注量は担保されている>
Generalization(汎化による推論:帰納的推論)
- ◆Warrant:日本において代表性のある10自治体で飲食店に対し夜8時までの営業時間短縮を要請した。
- ◆Data:営業時間短縮を要請した10自治体全てでコロナ感染者の増加傾向が鈍化した。
- ◆Claim:営業時間短縮要請はコロナ感染者抑制に効果的である。
<反論:他の7自治体では営業短縮を要請したにもかかわらず新規感染者が増加した。10の自治体に代表性は無い>
Classification(類型化による推論:演繹的推論)
- ◆Warrant:自民党員は憲法9条改正を支持している。
- ◆Data:Aさんは自民党員である。
- ◆Claim:Aさんは憲法9条改正を支持している。
<反論:Aさんは自民党員ではない>
そしてそれぞれの推論を立証するため
ここまで三ヶ月にわたってディベートのお話をさせて頂きました。どうでしょう。皆さんも誰かを論理的に説得したい、反対意見を述べる相手を論破したい、そのために何か理屈を考えようという時には、知らず知らずのうちに何かしらこうしたディベートのスキルを使っているのではないでしょうか。通訳をする対象の話し手も同様です。もちろん支離滅裂で何を言おうとしているのか論理的に理解に苦しむような話し手にも遭遇しますが、ほとんどの場合は聞き手に理解してもらおうと出来得る限り話を論理的に組み立てようと腐心するはずです。そうすればするほど、自分にとってはホームグラウンドのようなディベートの土俵で話し手の意図を理解し、聴き手に説明し直すという通訳ができるわけです。そうした楽しみがこの仕事を続ける個人的なモチベーションにもなってきました。
通訳は奥の深い仕事です。通訳者によってその定義も、続ける動機も千差万別でしょう。大切なことは、いかに独りよがりであろうとも、自分なりの拠り所や通訳という仕事を続けてゆく楽しさを見つけてゆけるかどうかということではないかと思います。
今回は以上です。
それではまた次回まで、ごきげんよう。
和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。
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