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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
『通訳現場探訪』 超速スピーカーの同時通訳 和田泰治
第12回
超速スピーカーの同時通訳
皆さんこんにちは。
通訳者を目指している皆さん、通訳者としてデビューされたフレッシュな皆さんに通訳現場の情報のあれこれを取材してお届けしようという本企画に今回ご質問頂いたテーマは・・・・・・・
「同時通訳の現場で超速爆速早口スピーカーにはどう対処しているのですか?」です。なかなか難解かつディープなテーマです。
同時通訳を経験した方なら実感していらっしゃると思いますが、通訳せずに一般の聴衆の一人として聴いていると極々普通に思える速度でも同時通訳をすると倍にも速く感じるものです。それがブリーフィングの段階から早口だと感じるようなスピーカーの場合は実際に同時通訳を試みるととんでもない体感速度になります(少なくとも筆者の実体験では)。
今回も様々な通訳者の皆さんに早口対策についてお伺い致しました。まとめてみます。
① まずは大前提として通訳するテーマについて事前に学習し、出来うる限りの準備をする
(これは決して早口だけに対する対策ではありませんが、話し手が語るコンテンツが事前に十分な知識と言葉で頭の中に入っており、そのテーマについて通訳者が自分の言葉で説明できるレベルにまで昇華した状態にあれば、現場で早口に対処する際に重要な要素である「スピーカーの速度や言葉数に引き摺られず自分のペース・言葉で話す」、「エッセンスを抽出し訳出する」、「言葉の贅肉を削ぎ落とす」などを可能にしてくれる基盤になるということでしょう。)
② 事前ブリーフィングでスピーカーにゆっくり話してくれるようお願いする。Power Pointなどスライドで説明する場合にはスライドが切り替わるタイミングで一息置いて下さいとお願いする。
(これは多くの通訳者の皆さんが心掛けていらっしゃることだとは思いますが、残念ながら実際に本番で意識してゆっくり話してくれるスピーカーはほんの少数のように感じます。人というものは何百人もの聴衆を前に壇上に上がれば相当な緊張状態です。それだけでテンションが上がって早口になってしまっても仕方がありません。ましてや日頃の自分の話すペースを変えて意識してスローダウンしようとすればそれだけで思考回路にマイナスに働くこともあり得ますから、知らず知らずのうちに早口になってしまうのもやむを得ません。それでも中には通訳しているこちらにもわかるほど意識してペースダウンして話して下さる方もいらっしゃいますので、やはり毎度お願いはしてみるべきだと筆者も思います。)
さて、事前学習でコンテンツの内容と言葉を通訳者が自分の言葉でしっかり説明できるほどに頭に叩き込みました。ブリーフィングでは講演者にお願いもしました。ここからは実際に現場で同時通訳をする時の対処法です。
③ 早口のスピーチを同時通訳する二つの選択肢
(以下の各オプションの説明はわかり易くするためにかなりデフォルメしています。実際には状況に応じて2つのオプションの中間型あるいはハイブリッド型で対応されていらっしゃる方が多いようです。)
<オプション1>
●スピーカーの話すスピードに負けず同じ速度・テンポ・テンションで話す。言葉数が多くなってもスピードを上げて高速で話し切る。
<オプション2>
●スピーカーの話すスピードに引き摺られず自分のペースで話す。可能な限り言葉数は落としてコンサイスにする工夫をし、言葉ではなくコンテンツのエッセンスを訳出する。
この2つのオプションを勝手に筆者の好きなラグビーで例えさせて頂ければ、攻撃してくる相手に対して浅いラインから思い切って高速かつ一気に前へ詰めてタックルに入るシャローディフェンスか、ディフェンスが人数的に不利でも懐深く外へと流れながら、例えゲインを許して後退しても最終的に相手に抜かせないドリフトディフェンスか、という感じでしょうか。
(ラグビーは素人なので、もしかすると説明がトンチンカンかもしれません。ご容赦下さい。)
今回調査にご協力頂いた通訳者さんの過半数はオプション2に近いやり方を選択されていらっしゃいました。また、テーマによってオプション1と2を使い分けているという方もいらっしゃいました。
金融、科学、ITなど事実やデータを高速に羅列されるような場合にはオプション1的に、考え方や概念の共有であればスピードや言葉数は気にせずオプション2的にエッセンスを重視して対処する・・・・という考え方です。さすがです。プロフェッショナルですね。
早口に慣れるためのトレーニングをしているという方もいらっしゃいました。The Economistで利用できるオーディオのコンテンツは2倍速で聴くことができるそうで、これを活用することによって普段のスピーカーの大半はゆっくり聞こえるようになったそうです。なるほどと感心します。さすがです。やはりプロフェッショナルですね。その昔、作新学院の投手で怪物と言われた江川卓と対峙するため対戦校はマウンドの3メートル前から投手に投げさせてその豪速球を打ち返す特訓をしたという逸話を思い出しました(古い話ですいません)。
また今回、放送通訳者の方にも何人かご意見を伺うことができました。ご存じの通り、放送通訳というのはCNNとかBBCとか海外のメディアの番組を同時通訳するわけですが、あのキャスターやコメンテーターの超速の英語をどうやって同時通訳なんかできるんだろうと不思議に思いますよね?
さらに公共の電波で不特定多数の視聴者に通訳が公開されるわけですから情報落ち、誤訳など絶対にできないというプレッシャーも相当なものと推測致します。
このたびお話を伺った放送通訳者の皆さんに共通しているのは上記で言えばオプション2、つまりエッセンスを確実に伝える手法を優先するということでした。外国メディアの放送通訳の場合は英語から日本語に通訳することになりますが、内容によっては日本語のほうが言葉数が圧倒的に多くなってしまうこともあるでしょう。音韻構造自体が大きく異なる英語と日本語では、仮に英語と同じ超速で日本語を話せたとしても聴き手が不快に感じることもあるかもしれません。だから日本語のナチュラルスピードまで速度を落とすことを考えるそうです。しかしそうすることで必要な言葉数が十分にオリジナルの英語の発言の尺と同期して出し切れるのでしょうか・・・・というところから言葉を削ぎ落とすスキルも必要になるわけです。具体的には主語を落とす、動詞句や文章ではなく日本語の名詞ひとことで表現できないか模索する、などだそうです。また、放送通訳にはライブの同時通訳と、事前に放送内容を聴いて準備する時差通訳があるそうですが、時差通訳の場合は事前に内容、言葉がわかってしまうが故に通訳する際の言葉数も多くなり、過度に早口な通訳になりがちなため、言葉の削ぎ落としにはより一層配慮して準備するとのお話も伺いました。さすがです。こちらもプロフェッショナルですね。
(感心ばかりしていてお前はプロじゃないのかという声が聞こえそうです・・・・・)
因みに筆者は<オプション1>のシャローディフェンス一辺倒の単細胞型ですので、今回様々なお話を伺えて大変勉強になりました。ご多忙な中で貴重なご助言を頂きました通訳者の皆様方には心より感謝申し上げます。
今回は以上です。これからも引き続き通訳に役立つ情報を掲載して参りたいと思っております。「通訳者の生活や通訳現場のこんなことが知りたい」というご要望がございましたら是非編集担当までご意見をお寄せ下さい。どうぞ宜しくお願い致します。
それではまた次回まで、ご機嫌よう。
和田泰治先生への質問
コラムについてのご感想や通訳現場についてこんなことを知りたいというご意見が
ございましたらこちらまで是非お寄せ下さい。
和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。
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