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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


『通訳現場探訪』 社内通訳 和田泰治

第13回

社内通訳

 

皆さんこんにちは。
通訳者を目指している皆さん、通訳者としてデビューされたフレッシュな皆さんに通訳現場の情報のあれこれを取材してお届けしようという本企画に今回ご質問頂いたテーマは「社内通訳」です。通訳者としてのキャリアの入口になることも多い社内通訳。
「社内通訳者として仕事をする良いところと悪いところは何ですか?社内通訳者とフリーランス通訳者のどちらが良いですか?」など多くの関心が寄せられています。

 

今回の取材では、現在はフリーランス通訳者として活躍していらっしゃる通訳者中で社内通訳者としての経験もある皆さんにお伺い致しました。筆者も社内通訳者としての経歴がございますので、自分自身の経験も踏まえてご報告させて頂きます。

 

さて、社内通訳と言っても様々な形態、職場環境があります。本稿ではまず、今回の取材と筆者の経験も踏まえて社内通訳の職場のイメージをまとめてみましょう。

 

社内通訳者を分類しますと、雇用形態と職務形態の2つの切り口で分けられそうです。
まず雇用形態としては、①正社員、②契約社員(嘱託社員)、③派遣社員の三種類になると思います。正社員と契約社員は企業との直接雇用ですので、通訳からみて契約主体が派遣エージェントの派遣社員とは待遇、帰属意識の面で違いがあります。実際に筆者もそれぞれ業界の異なる3社で社内通訳者として勤務しましたが、うまい具合に派遣社員、契約社員、正社員と全て経験することができました。実体験からも言えるのは、やはり直接雇用と、仲介にエージェントが介在しているのとでは通訳者自身の帰属意識の強さが全く違うということでしょう。ただ、これは良い、悪いという話ではありません。話者や聴き手との適度な緊張関係が必要な通訳という仕事の特性を踏まえると「所属企業への帰属意識、愛着が強い」、「同じ会社の社員同士として仲間意識が強い」ことが一方的に良いとばかりは言えませんし、フリーランスで仕事をしていれば無縁な人間関係の軋轢などに悩まされる可能性もあるからです。また一方で、通訳キャリアの入口や段階としての派遣での社内通訳、という選択肢もあるでしょう。派遣はエージェントを介しますが、業務内容が規定されるためスキルに特化した働き方ができ、また、一定期間経験を積んだ後キャリアアップとしての転職がしやすい、という側面があります。

 

社内通訳のもう一つの分類の切り口は職務形態でしょう。
大きく分類しますと、「通訳専任」か「通訳・翻訳兼任」か、あるいは「個人付き担当」、「特定の部署付き担当」、「通訳プールに所属する」などの違いがあります。特に通訳専任か翻訳も兼任するかは大きな違いです。あまり気にならないという方は良いですが、言葉を音声として発話することでコミュニケーションする通訳と言葉を文章で書いて表現する翻訳は使う筋肉が全く異なります。今回の取材でも「場合によって翻訳も業務として担当しなければならない」ということが社内通訳のデメリットの一つとして挙げられています。ただし、経験が浅い通訳者にとっては、翻訳から得られる知識や情報が通訳のパフォーマンスを上げる、というプラス面もあるようです。

 

「個人付き担当」というのは、特定の役員や幹部社員の個人付きで通訳(翻訳)業務を行うもので、秘書的なアシスタント業務も含めて「通訳秘書」と称される場合もあるようです。通訳業務に専念したいという方は事前によく職務内容を確認しておいたほうが良いでしょう。

 

個人ではなく、特定の部署、例えば営業とかマーケティングなどの専属通訳者というポジションもありますし、全社の通訳のニーズに応えるための「通訳プール」の一員として仕事をする場合もあります。筆者は社内通訳者時代には主にこの通訳プールに所属していましたが、全社の各部署の幅広い分野で通訳をする機会がある一方で、誰が業務の受注と各通訳者の分担やスケジュールを管理するのかという課題がありました。総務部や人事部の担当者がまとめ役になるケースもありますが、通訳業務については業務経験がないために通訳者のスケジュールの空きだけを見て機械的に業務を詰め込んでとんでもないことになることもありました。特に通訳者側が派遣社員で構成されている場合などは、通訳者としてのキャリア自体も浅い場合が多く、これは無理だと感じても管理担当の社員に遠慮して意見が言えないケースも多いようです。通訳者のグループに全て丸投げされているような場合には、業務内容やシフトなどを巡って通訳者同士がギクシャクしてしまうこともあるでしょう。

 

こうした特質を踏まえ、今回の取材を基に社内通訳のメリット、デメリットをまとめてみました。因みにこのたびご協力頂いた通訳者の皆さんが経験された社内通訳の業界は、IT、自動車、化学、エンターテイメント、スポーツ、広告、銀行、保険、製薬など多岐にわたっていますが、通訳業務という観点からはそのメリット、デメリットはほぼ共通しているようです。

 

(社内通訳者のメリット)
●通訳経験が浅くても特定分野の経験を蓄積できる。
●身近に知識・経験豊富な専門家がいるので勉強の機会が多い。
●業務内容に習熟できるので細かいニュアンスまで通訳できる。
●それ以降のキャリアで活きる専門分野・ネットワークができる。
●収入が安定している。
(国際紛争、感染症などの不測の事態発生時も収入が確保できる)
●勤務時間が規則的。
●社会保険への加入・福利厚生を受けられる。
(金融機関で仕事をしている時に住宅ローンの審査を通してもらったという例もありました)
●通訳者と通訳対象者との仲間意識を通して信頼関係を築き易い。
●通訳者間のチームワークができれば仕事がし易い。

 

(社内通訳者のデメリット)
●業務の有無にかかわらず月曜日から金曜日まで拘束される。
●管理者のいない通訳プール内で案件の分担調整ができず揉める。
(夜遅い案件は嫌だ、このクライアントは自分が担当したいなど)
●過労に陥りやすい。
(不規則長時間の勤務時間・不適切な通訳手法の過剰な強要など)
●通訳以外の業務の兼任がある。(翻訳・秘書業務)
●勤務先固有の事情に影響を受けることがある。
(繁忙期に休みづらい・断りづらい勤務先企業の製品購入の勧誘)
●知識・経験が特定の業界に限定され井の中の蛙になる恐れ。
●同じ業務内容・同じ対象者の繰り返しで緊張感が欠如する。
●知識への依存度が高くなり通訳自体のスキルが頭打ちになる。
●知識の蓄積と良好な人間関係に過多に依存するようになる。

 

こうして見てみますと、メリットとデメリットはまさしく表裏一体となっていることがよくわかります。

 

また、フリーランス通訳のメリット、デメリットとは相反しています。特定の分野を深く掘り下げてゆきたいのか、幅広い多様な分野の通訳にチャレンジしてゆきたいのか、濃密な人間関係の中で組織の一員として仕事に携わってゆくことを選択するのか、はたまた人間関係のしがらみに煩わされず、一期一会を大切に明日はまた新たな出会いと緊張感の中で通訳者として生きてゆくのか・・・・・。同じ通訳者ではありますが、社内通訳者とフリーランス通訳者には確かに大きな違いがありますね。

 

今月は以上です。今回もまたお忙しい中で数多くの現役の通訳者の皆様にご協力を頂きました。あらためて心より御礼申し上げます。

 

これからも引き続き通訳に役立つ情報を掲載して参りたいと思っております。「通訳者の生活や通訳現場のこんなことが知りたい」というご要望がございましたら是非編集担当までご意見をお寄せ下さい。どうぞ宜しくお願い致します。

 

それではまた次回まで、ご機嫌よう。

 

和田泰治先生への質問 コラムについてのご感想や通訳現場についてこんなことを知りたいというご意見が
ございましたらこちらまで是非お寄せ下さい。

和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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