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和田泰治先生のコラム 『不肖な身ではございますが・・・・こんな私も通訳です!』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。1983年に明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第1回:ご挨拶-こんな私も通訳です。どうもすいません!

初めまして。和田泰治と申します。このたび、今年度のブログを担当させて頂く事にあいなりました。

私には「外交官の父親の仕事の都合で幼少時代を外国で過ごしました」といった華やかな生い立ちも、海外に留学をしたり、外国に駐在して仕事をしたような立派な経歴も何一つありません。それどころか、学生時代から英語も含めて勉強は大の苦手です(今もね!)。

私の通学していた某私立高校には能力別クラス編成というのがありまして、勉強の出来る連中からアルファとかベータとかクラスにランクがついていたんです。数学系、英語系と分かれておりまして、それぞれ数学と英語の定期試験の結果によって上位何名かと下位何名かが上や下のクラスの間で入れ替わるという仕組みでした。アルファーとかベータとか言えばおわかりのようにその下のクラスはガンマーと呼ばれておりまして、アルファーもベータもガンマーもさらに何クラスかに分かれていました。アルファー3とかベータ2とかですね。私が英語系で所属していたのはガンマーのさらに最下位のガンマー2というクラスです。通称「ガンツー」と呼ばれており(すごい響きでしょ!ガンツーですよ!)セレクションで入学して来た野球部や柔道部の連中と机を並べて勉強していました。

一年間の浪人生活ののち大学は英米文学科に入学しましたが、これも決して英語や英米文学を極めようとしたわけではなく、現役受験の時に同じ大学の独文学科をすべっていたので一浪の時には別の学科を受験しただけという不埒極まりない理由でした。大学時代も当然のことながら成績は最低で、卒業するのがやっとという体たらくでした。

海外生活の経験なんてものも全くありません。これまでの半生で最も長く海外に滞在したのは、旅行会社に勤務していた時に絶対に嫌だと抵抗したにもかかわらず業務命令で無理やり行かされた「夏のカナディアンロッキー8日間の旅」の添乗業務です。
通訳の仕事を始めるまでは、生身の外国人と長時間英語でやりとりしたことも全くありませんでした。今でも英語は苦手です。

「そんなやつが何で通訳なんかやっとんねん!?」・・・・と思われた方、是非一年間このブログを読み続けてみて下さい。日本国憲法で職業選択の自由が保障されている限り、いかに英語が苦手でも、勉強が出来なくても、海外生活や留学の経験が無くても、通訳者として生きてゆくことはできるというのがこのブログを通したメッセージです。

さて、このブログでは、これから一年間、こんな不肖の身の私が、そもそもどんな経緯で、何故、この通訳者という一見して全く不釣合いな職業を選択するに至り、生きているのかを様々な角度からお話してゆきたいと思います。また、その中で、自分なりの学習法やトレーニング法もご紹介してゆきます。私が自分勝手に考えている通訳という仕事そのものに対する考え方や、実際に通訳者としての日常の中で実践している様々なこともつつみ隠さず綴ってゆきたいと思います。

ということで今後連載してゆく内容は、すべて和田泰治という一個人が勝手に考え、実践していることです。世間一般の考え方ややり方とは相容れないものもあるでしょう。読者の中には、「それは間違っている」とか、「そんなのは通訳じゃない」と思われる方も大勢いると思います。でもそれでいいんです。少しでもなるほどと思われた方は参考にして下さい。私が間違っていると思われた方は、私を反面教師にご自分の正しさを再認識して頂ければ結構です。これはそんなブログです。

さて、次回からは、こんな私が何故通訳者を志したのかをお話してゆきますが、単刀直入にその理由は二つあります。

一つは単純に昔から人前でしゃべるのが好きだったということです。子供の頃から落語家のまねをして無茶苦茶な落語を友達の前で披露したりしていましたし、会社勤めをしていた時代も仕事はからっきし駄目ながら宴会や披露宴の司会でかろうじて首をつないでおりました。人前で話す仕事がしたかった。私の通訳観の基本は「話芸」の世界なのです。

もう一つは、大学時代にクラブ活動で「ディベート」の世界に足を踏み入れ、その体験が様々なかたちで二十有余年の時を経て最終的に通訳者へと繋がっていったことです。
「ディベート」は私が考える通訳の世界との共通項が驚くほど多く、「ディベート」で良い成績を収めるために必要な能力を身につける過程で、またディベートの準備をするためのスキルを学ぶ過程で経験した数多くのことがその後そのまま通訳法や通訳の準備、トレーニング、学習に直結しています。

次回はこの学生時代の「ディベート」との出会いと、さらに「ディベート」と通訳の関係についてお話します。「ディベート」をよくご存知ない方もいらっしゃるかと思いますが、「ディベート」自体についてもわかり易く説明致します。

それでは次回のブログ第二回「ディベートと通訳」でまたお会いしましょう。

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