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和田泰治先生のコラム 『不肖な身ではございますが・・・・こんな私も通訳です!』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。1983年に明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第2回:ディベートと通訳

大学に入学した当初は演劇部に入ろうと真剣に思っていましたが、大学の演劇部というのは前衛的な創作劇をやっていて、とても自分にはついていけないと簡単にあきらめました(まぁ、演劇志望といっても所詮その程度の薄弱な動機だったわけです)。

で、そんな時に、「君の考えているような演劇が出来るのは、うちのクラブだけだよ!」と勧誘されて何も考えずに入部したのが何と英語部でした。この無思慮かついい加減極まりない性格が、何十年も経ってから人生を変えることになろうとは・・・・。

英語部に入部してわかったことは、英語劇だけでなく、「ディスカッション」と呼ばれるグループ討論をするセクションや、討論に勝敗をつける「ディベート」と呼ばれる競技型の討論をするセクションもあるということでした。

結果的にはこの「ディベート」にその後の大学生活のほとんどすべてを捧げるようになってしまいました(英語劇をあきらめるに至った経緯も語れば長くなりますが、このブログの趣旨とは全く関係ありませんので割愛致します)。

さて、ここでいう「ディベート」というのは、いわゆる「アカデミックディベート」と呼ばれているものです。アメリカの高校や大学で、学生が論理的に相手を論破するスキルやパブリックスピーチの能力などを習得するために考案されたものです。

まず命題 (Proposition) が与えられ、この命題に対して「肯定側」(Affirmative) と「否定側」(Negative)に分かれて討論をします。通常は2人制で、肯定側、否定側それぞれ2名づつがチームとなって対戦します。勝敗はジャッジが裁定します。

アカデミックディベートで採用される命題は、国の政策に関係するものが多く、これをポリシーディベートを呼んでいます。例えば、「日本は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に加盟すべきである」という命題に対して、肯定側(TPPに加盟すべきである)と否定側(TPPに加盟すべきではない、もしくは、TPPに加盟する必要はない)に分かれて討論をします。

肯定側、否定側、どちらの側に立つかは勝手には選択できません。試合の前にくじ引きで決めます。ですから、事前に肯定側、否定側、双方の準備をしておかなければならないわけです。「うちは実家が農家だからTPP加盟なんか絶対に許さん!否定側しかやらん!」という人には競技としてのアカデミックディベートは出来ません。

討論にはあらかじめ決められたフォーマットがあります。刑事裁判を想像するのが最もわかりやすいと思います。フォーマットには各種ありますが、例えば以下のようなフォーマットで、肯定側、否定側が交互に中央の演壇に立ってスピーチを行い、その都度、反対側が反対尋問を行いつつ進行してゆきます。

○肯定側第一立論スピーチ(8分)1st Affirmative Constructive Speech
(●否定側からの反対尋問(3分))Cross examination by Negative
●否定側第一立論スピーチ(8分)1st Negative Constructive speech
(○肯定側からの反対尋問(3分))Cross examination by Affirmative
○肯定側第二立論スピーチ(8分)2nd Affirmative Constructive Speech
(●否定側からの反対尋問(3分))Cross examination by Negative
●否定側第二立論スピーチ(8分)2nd Negative Constructive Speech
(○肯定側からの反対尋問(3分))Cross examination by Affirmative
●否定側第一反駁スピーチ(4分)1st Negative Rebuttal Speech
○肯定側第一反駁スピーチ(4分)1st Affirmative Rebuttal Speech
●否定側第二反駁スピーチ(4分)2nd Negative Rebuttal Speech
○肯定側第二反駁スピーチ(4分)2nd Affirmative Rebuttal Speech

すべて終了した時点でジャッジが勝敗を決定します。「引き分け」は絶対にありません。刑事裁判で「有罪でも無罪でもない」という判決が無いのと同じです。この「勝敗がつく」というところがアカデミックディベートの最大の特徴でしょう。

命題(Proposition)が「日本は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に加盟すべきである」だとしますと、肯定側は「現在に何らかの深刻な問題があり、TPPに加盟することによってその問題を解決する事が出来る」もしくは、「現在の特定の問題解決のためではないが、TPPに加盟する事により、数々の大きな利益を得ることができる」といった論陣を展開します。

逆に否定側は「肯定側が指摘しているような問題点は無い、もしくはその問題点は深刻なものではない」、「仮に問題点があったとしてもTPPに加盟することで解決は出来ない」、「TPPに加盟しても肯定側が主張するような利益は生まれない」、「TPP加盟によって逆に多くの不利益がもたらされる」・・・・等々の反論をしていきます。

さて、それでは、このディベートと通訳のどこに共通点があるのでしょうか。私にとっては以下の点が両者の主な共通点です。

1.パブリックスピーチであり、聴き手を説得する総合的なスピーチ力が必須である。
2.しかし最終的に勝敗を決するのは論理や知識などのコンテンツである。
3,命題に対して肯定側、否定側、双方の論旨を中立的に思考できる柔軟性が必要である。

この共通点に私が気づくのは、大学を卒業し、社会人になり、転職をし、最終的に通訳という職業に巡り合う20年という歳月を経てからでした。言い方を変えれば、この共通点によって通訳は自分が経験したディベートの延長線上にあると気づいた(勝手に思い込んだ?!)からこそ、この職業を選択したとも言えます。

さて、大学では、このディベートをこともあろうに英語で行うという信じられない苦行が待ち構えていたわけですが、次回からは、勉強大嫌い、時事問題の知識ゼロ、英語を話した経験など皆無のハイパードメスティック学生がどのような勉強法でこの不可能に立ち向かったかを出来るだけ詳しく、忠実にお話していきたいと思います。今から30年も前に始めた勉強法ですが、実は現在も毎日実践している勉強の内容は当時とほとんど変わっていません。通訳者として仕事をしながら続けている私の日課のルーツとも言えます。また、当時の、インターネット無い、衛星放送無い、デジタルメディア無い、お金も無い(まぁ、これは現在もありませんが・・・・)という無い無い尽くしの原始的な状況の中で一体どうしていたのか、そんな苦労話も交えてご披露しましょう。

それでは、次回の第三回「ディベート修行 -その壱- まずは英会話から!」でお会いしましょう。

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