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和田泰治先生のコラム 『不肖な身ではございますが・・・・こんな私も通訳です!』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。1983年に明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第6回:ディベート修行 -その四- 討論に必要な背景知識を習得する!

ディベートで何よりも大切なこと、それは討論のテーマについての背景知識を学ぶことです。英語でディベートをするためにはパブリックスピーチとしての英語を磨かなければなりませんが、話すコンテンツがなければどんなにスピーチが上手でも全く意味がありません。

学生ディベートを主催する団体では春と秋にそれぞれのテーマ (Proposition) を発表し、それに合わせて様々なトーナメントが行われるというのが当時の学生ディベーターの一年間でした。六大学野球の春季、秋季リーグ戦みたいなものです。

一旦Propositionが発表されると、チームの全員で集中的、組織的に「リサーチ」と称して情報収集活動を行います。春シーズンは春休み、秋シーズンへ向けては夏休みのそれぞれ2~3週間くらいをかけて手分けしてリサーチするわけですが、当時はもちろんインターネットのイの字も無い時代ですから、情報源は新聞、雑誌、書籍の活字メディアのみでした(余談ですが、30年も昔のことですから当然のことながら電子辞書も無く、大学の先生からは「君たちも英文科の学生ならランダムハウスの大辞典を風呂敷に包んで持ってくるくらいになりなさい」と真剣に言われていた時代です)。

雑誌は広尾の中央図書館でまず専門雑誌の目録を調べ、参考になる記事の掲載されていそうな雑誌を全てリストアップしてから各人に担当を割り当て、順番に雑誌を借り出しては閲覧するという手順で、新聞記事は国会図書館の新聞切り抜き室で同様に閲覧し、カード式B6版のクイックリポートリーフというレポート用紙に1項目につき1ページずつ、データソース(媒体名や書籍名、著者名、発行年月日など)と共に次々と書き写す(もちろん手書きで)という作業を続けるのが標準的なリサーチ活動でした。

リサーチ終了時点では、このB6版のクイックリポートリーフが千枚以上にもなり、最終的に必要なものは英訳され、エビデンスカードとしてディベートの試合中に論旨の証明として引用、提示されます。

さて、この時の重要なポイントは、ただ漫然と資料をコピーして集めるのではなく、ある程度どのような論陣を張るかということを事前に想定しながら資料を読み収集するというところです。原子力発電の廃止というテーマでディベートをするのであれば、存続、廃止、双方の立場に立った時に何をどのように立証するかを事前に考えながら、その論旨に沿った資料を探します。また逆に、資料を読みつつ、この内容で論を展開するとしたらどのような組み立てになるかと考えながらリサーチを進め、有望なロジックが構築できそうな場合のみ必要な項目を資料化するという方法もあります。いずれにしても、リサーチに入る前にある程度の基礎知識がなければなりません。この下調べに大いに役立ったのが「現代用語の基礎知識」でした。相当に広い範囲のテーマが新聞よりも詳しく解説されていて専門用語の英語もある程度掲載されています。現在でも毎年必ず購入して利用しています。

実はこのリサーチの手法が、現在でも知識習得を図る上で大いに活かされています。私は何かのテーマについて勉強しようとウェブサイトや活字媒体を読む時には、読んで知識を学ぶというよりも、読み進めながらそのコンテンツを頭の中で通訳するという意識を持つようにしており、勝手にトランスレーションリーディングと名付けています。

サイトトランスレーションのように文章を読んでそのまま訳出してゆくわけではありませんが、今まさに自分が読んでいる内容が誰かスピーカーによってプレゼンテーションされているとしたら、それを聴き手の理解できる言語で、わかりやすく伝えるためにどのように咀嚼、編集し通訳するべきか、正しい用語は何か、内容やロジックを理解したうえで自分の言葉に置き換えて説明出来ているか・・・・・そのようなことを考えつつ、実際に頭の中で通訳をしながら読み進めています。

途中で専門用語がわからなかった場合は言葉を調べ、内容が理解できなかった時には別のやさしい資料を探して内容を理解したうえでまた元に戻ります。通常の読書とは全く違う読み方ですが、これがディベートで身につけたパブリックスピーチを準備するための学習方法です。

・・・・・・ということで、4回に亘って、学生時代にゼロから始まった「英語でディベートをする」ための様々な取り組みと、それが30年を経た現在、通訳者として仕事をするために実践している日課にどのように繋がっているかをお話してきました。

ディベートなんか聞いたことも無い、興味も無いという方がほとんどだと思います。そんな方には退屈だったかも知れません。でも本当はディベートのことなどはどうでも良いのです。要は、通訳という仕事が単純に言葉の得意な人達だけのものではないということです。もちろん一流の立派な通訳者の皆さんの多くは帰国子女や海外留学、海外生活経験のある英語の精通者ですが、私のように異質な世界から通訳に興味を持ち、場違いだと揶揄され、馬鹿にされながらもこの世界で生きている者もいるのだということを、この職業がそれだけ懐の深いものだということを知って頂くのがこのコラムの主旨なのです。

何度も申しますが、私が通訳者を目指したのはバイリンガルだったわけでも、語学マニアだったわけでもありません。学生の時にディベートを始めたのも全く同様です。英語が得意だったわけでも好きだったわけでもありません。聴衆を前にしてパブリックスピーチをする。相手と論戦し、論破する。ただそれが無性に好きだったというだけです。そしてそれが高じて長い年月の後、通訳者という道を歩むことになりました。

次回は、社会人生活を経て最終的に通訳者へ行き着くまでの紆余曲折をお話致します。

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