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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

和田泰治先生のコラム 『不肖な身ではございますが・・・・こんな私も通訳です!』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。1983年に明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第8回:分野別通訳の話・IR通訳-その1<IR通訳の概要と形態>

さて、前回までは私の通訳者としての背景を中心にお話してまいりましたが、今回からは比較的需要も多く、かつ通訳者にとって裾野の広いいくつかの分野を選んでその概要や仕事をする際のポイントなどをお話してゆきたいと思います。通訳としてのキャリアを踏み出したばかりの方や、これからこの世界でやってみたいという方々にもわかりやすいように、私の経験をもとに解説してゆきたいと思います。

さて、第一回の今回はIR通訳と呼ばれている分野についてです。

この分野を選んだのは、会社勤めで営業などの経験がある方なら誰でも知っているレベルの基礎的な企業財務の知識さえあればある程度は対応できるため、比較的経験の浅い通訳者の方々も数多く活躍されている分野であるということと、さらにここを基点としてコーポレートファイナンスや資産運用などの、より専門性の高い分野へ踏み込んでゆくきっかけにもなるからです。

IRはInvestor Relationsの略で、日本語では「投資家向け広報」などと訳されている場合もありますが、そのままIR(アイ・アール)と呼ばれることが多いようです。企業が決算や業績の見通し、中長期の事業戦略などについて株主や投資家に説明をする活動全般を指しています。この「株主や投資家」が外国人の場合に、説明をする日本の事業会社と外国人の株主、投資家の間でコミュニケーションの手助けをするのがこの分野の通訳者の役割です。

この逆に、外国の企業や政府が発行体としてサムライ債などを起債して投資を募る場合には、担当者が来日して投資セミナーを開催したり日本の機関投資家を訪問してまわる(ロードショーと呼ばれます)ケースもありますが、今回は日本の事業会社が外国人投資家向けに行うものに限ってお話します。

<IR通訳の形態>
具体的に通訳者がかかわるIR活動の主な形態には以下のようなものがあります。
(1) 決算発表会
(2) 投資家と事業会社担当者との個別面談
(3) 証券会社がコーディネートするカンファレンスやツアー
(4) 日本の企業幹部が海外の投資家を訪問するロードショー

(1)の決算発表会は、四半期や半期などの決算情報開示のタイミングに合わせて記者やアナリストを招いて行うもので、大企業の場合は相当な規模で実施されます。発表者も社長やCEOなど最高責任者クラスの経営幹部が直接プレゼンテーションをしたり質疑応答をするケースが多くなっています。会場内でライブでの同時通訳を手配し外国人投資家やアナリストへの対応をしたり、セッション終了後に、録画した動画にボイスオーバーで同時通訳を録音してインターネットで発信する(ウェブキャスト)場合もあります。

(2)の個別面談は外国人投資家が、株主になっている事業会社や興味のある会社を訪問してまわる形態で、IR通訳の中では最も頻度が多い形態です。通訳は個別の投資家に随行し1日に3社から5社くらい訪問します。1社あたり1時間から1時間半程度です。決算発表直後のタイミングで訪問した場合などは、決算発表会で使用されたプレゼンテーションの資料を事業会社の担当者がひととおり説明したあとで質疑応答を行うというパターンが一般的です。質疑応答のみという場合も多くあります。

(3)のカンファレンスは、大手の証券会社などがコーディネートして複数の事業会社と投資家が都内のホテルなどに一同に会して実施する集団お見合いのようなイベントです。通常はラージ・ミーティング (large meeting)と呼ばれる大ホールでの経営幹部によるプレゼンテーションと、小部屋で行われるワン・オン・ワン(one-on-one)と呼ばれる個別面談の組み合わせで企画されます。ラージ・ミーティングには同時通訳が、ワン・オン・ワンには逐次通訳が付きます。カンファレンスの規模により、2-3日から1週間くらいの期間で行われ、国内だけでなく海外で開催される場合もあります。

(4)の海外ロードショーは、日本企業の幹部が欧米、アジアなど海外の投資家を訪問し、必要に応じて通訳が同行します。

その他、複数の外国人投資家、アナリストや記者のグループを集めて特定のテーマに沿って企業訪問や工場見学のツアーを組む場合もありますが、これも広義にはIR活動と言えるでしょう。半導体や代替エネルギー、電気自動車などのテーマのもとに、特定企業が単独で企画して招待する場合や、数日かけて複数の企業を訪問するツアーなどがあります。

<通訳対象者>
日本の事業会社側で対応するのは主にIR担当者で、近年では広報部に専任の部署を置くケースが増えています。一昔前は、財務部の責任者が対応することも多かったのですが、最近では事業会社側でIRの重要性、専門性が認識されてきました。

株主、投資家とは、資産運用をビジネスとしている投資信託会社やヘッジファンドなどですが、IRミーティングに参加するのは、そこで実際に資産運用を担当しているファンドマネージャーや市場分析を担当するアナリストが中心です。ごくまれに、資産運用会社でもエコノミストという肩書きの人が来日する場合もありますが、彼らの場合は個別の投資判断をするというよりも日本のマクロ経済や業界全体の動向を調査することが主な目的ですのでここで述べているIRとは別に考えたほうがよいでしょう。

ということで、今回は主にIR通訳の全体像について簡単にお話してまいりました。次回は、実際にIR通訳の現場で通訳をするための準備と通訳業務にについてもう少し実践的な観点から解説したいと思います。興味のある方は是非ご一読下さい。

それでは、まだまだ猛暑もこれからという毎日ですが、暑さに負けず頑張りましょう!

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