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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

和田泰治先生のコラム 『不肖な身ではございますが・・・・こんな私も通訳です!』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。1983年に明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第12回(最終回):最後までこんな私ではございますが・・・・・

それは今から十年ほど前の初夏のこと、俺達はオフィスビルの片隅にあるスターバックスでいつものようにとりとめもない話に花を咲かせていた。俺達、つまり俺と、俺の相棒でありさすらいのマダムキラーことデカプリオ松本の二人は、とある外資系企業の社内通訳者だ。

ほんの一年位前はまだ景気が良くて仕事も給料もまずまずだったこの会社も、今年に入って大きなプロジェクトで大失態を演じて以降、谷を転げ落ちるように業績が悪化し、仕事も激減、我々社内通訳者も開店休業の日々が延々と続く次第とあいなったわけだ。

俺とデカプリオの日課は決まっていて、取り敢えず朝には出社するが当然仕事なんか何も無い。「じゃあ、取り敢えず打ち合わせ?」ってなことで、このスターバックスでランチタイムまであれやこれやと与太話をして過ごすって寸法だ。

おおかたの話の中心はいつ会社が無くなるかってことなのだが、噂ではいずれ早期退職の募集があり、何かしらの特別退職金も出るのではないかということで、それがいつ頃になるかをお互いに情報交換し合う毎日だった。

その日も例によってスターバックスにやって来た。俺は昨日極秘に仕入れた早期退職ネタをさっそく披露しようと身を乗り出したのだが、この日はデカプリオが全く違う話を切り出した。

「和田さんね、この会社が無くなってもやっぱり通訳続けますよね?」
「まぁ、そうだね。ITバブルもはじけて景気は良くないけど、何とかなるんじゃない?」
「もし、この世の中で、通訳以外にどんな仕事でも出来るってことになったら、和田さん何したいですか?」
「えっ、ううんそうだなぁ、もし才能があるなら落語家か、アナウンサーかなぁ。まぁ無理だけど」
「ああ!なるほど。わかります。わかります!」
「で、デカプリオは?」
「僕はエアロビクスのインストラクターかホストクラブのホストですね」
「うん、うん、なるほど。よくわかるよ」

隣に座っていたスーツ姿の男が「朝っぱらから何くだらなねぇこと話してんだ。バカかこいつら」という目でこちらを見ている。さぁてと。今日も暇で長い一日になりそうだ。


皆さんこんにちは。今週はこんな感じで始めてみました。デカプリオ松本は実在の人物で、私の親友です。現在も西日本の某企業で元気に通訳者として活躍しています。まだホストには転職しておりません。

当時はITバブルも見事にはじけ、勤務していた外資系企業のヨーロッパにある親会社自体が経営危機にあるとの噂もあって、「通訳で食えなくなったらどうします?」という話の流れでこのような会話になったと記憶しています。

通訳、落語家、アナウンサー、エアロビクスのインストラクターにホスト・・・・・・わかりやすいですねぇ。私もデカプリオも至極単純に、「人前で喋りたい」ということが通訳者になった最大の動機でした。「話芸」の領域から通訳に魅力を感じてこの世界に入ったわけです。もちろん世の中の通訳者のほとんどはもっとアカデミックな理由で通訳者をしていると思いますが、我々のような者でも受け入れてくれる懐の深い職業が通訳だとも言えるでしょう。

(因みにデカプリオは私とは違って、語学系の大学を卒業後ちゃんと海外留学経験もあるという極めて正統派のキャリアの持ち主です。それでも本質的には「通訳話芸派」の人で、そんなこともあり彼とは意気投合し、今でも親交を持ち続けています)

本コラムでは、一年間を通じていろいろなことをお話してきました。そもそも私の通訳者としてのルーツが学生時代のディベートにあり、紆余曲折を経て、その延長線上で通訳者という職業に辿り着いたことや、ディベートで身についた「人前で話す」(Public Speech)ことへの快感や憧憬が常に自分から離れなかったからこそ、学生時代から始めた様々な勉強も継続してきたのだということをお話してきました。

よく考えてみれば、通訳者というのは私のような人間には極めて過酷な仕事です。外国語ができるような才能も経歴も何も無く、勉強嫌いで怠け者。それでも難しいテーマの会議で通訳をするためにはどんなに辛くても毎日の勉強を欠かせない・・・・・。何でそんなことをしているかと言えば、それは唯、人前で話すことが出来る通訳というこの仕事が妙に性に合っているから、最後はただそれだけです。

現在通訳者を目指している皆さんも是非一度考えてみて下さい。「何故、自分は通訳者を目指しているのだろう?」「通訳の何が自分を惹きつけるのだろう?」

きっとそこにはひとりひとり特別な理由があるはずです。「何となく」ではなく、「だから自分はこの仕事が好きなのだ」という理由を一度突き詰めて考えてみて下さい。そうすれば、これから通訳者を目指して勉強する時や、通訳の現場でどんなに辛いことがあっても乗り越えられるはずですし、通訳者という仕事ももっと好きになれると思います。

ということで、今回で私のコラムは最終回です。一年間お付き合い頂き本当にどうもありがとうございました。まだまだお話したいことは山ほどありますが、まぁ、「なんだ、こんなやつでも通訳者の端くれくらいにはなれるんだな」と思って頂けたらそれで充分です。

アイ・エス・エス・インスティテュートに通学されている方で運悪く私のクラスで勉強する羽目に陥ってしまった方には、ここでお話できなかったあれやこれやを教室でこっそりお話しましょう(余談が長過ぎて授業が進まないと教務の担当者にお叱りを受けない程度にね)。

それでは皆さんごきげんよう!

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