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西山より子先生のコラム 『Baby Stepsではありますが』 上智大学外国語学部英語学科卒業。総合電機メーカーにて海外営業職を務めた後、経済産業省外郭団体の地球観測衛星運用チームにて、派遣社員として社内翻訳通訳に従事。翻訳会社でコーディネーター兼校閲者を経験した後、フリーランスとして独立。主に、国際協力、地球観測衛星、原子力発電、自動車など、産業技術系実務翻訳通訳を手がける。

第9回:プロで居続けるために

皆さん、今年も猛暑続きの夏となりましたが、いかがお過ごしでしたか。翻通業界もニッパチが閑散期だなんて言われておりますが、私はデビュー以来、あまり暇なニッパチを過ごした記憶がありません。2月は年度末に向けて予算消化の翻訳依頼が押し寄せますし、夏は夏で、会社が夏休みに入る前に「休み明けまでに仕上げておいてね」という依頼が多いからです。人様が休んでいる間に働く、そして人様が働いている間も働く因果な商売だと言えば大げさでしょうか(笑)。

先月のコラムで、デビュー当時は日英翻訳が殆どだった、とお伝えしました。その状態は数年間続いたのですが、そのうちの最初の1年が過ぎた頃、私は早速スランプに陥りました。自分の書いている英文が常にワンパターンなような気がしてきたのです。要は表現力が乏しかったのですね、今以上に。ちょうどその頃、あるODAの報告書を訳したところ、お客様から「この翻訳者の英語は稚拙だ」とクレームを受けました。指摘事項は2点。1つ目は間接話法における時制の一致ができていないとのことで、これについては私に反論の余地があったので落ち込まなかったのですが、もう1つの指摘は、「殆ど全てがIt is~thatとかIt is~toになっていてワンパターンだ」というものでした。これに対しては一瞬カチンと来て「それはだって、日本語の原文がすべて”~は肝要である””~は重要である””~することが必要である”になっているからでしょう。私はちゃんと原文に忠実に訳しました!」と言いたくなりましたが、感情的になったのは心当たりがあったからに他なりません。この点については完全にお客様に分がありました。「日本語は受動態が多いが英語はなるべく能動態で表現する」とか「翻訳は言葉の置き換え(直訳)ではなくメッセージを伝えるもの(意訳)」ということを充分に学び、理解し、そして自らISSの授業でそう生徒さんに口酸っぱく講義していたにもかかわらず、そんな翻訳の基本中の基本が出来ていなかったわけです。

1つには量に比して納期が短く、じっくり原稿と向き合うことができずに取りあえず縦のものを横にするという、あまり脳みそを使わずやっつけ仕事をしてしまったことが原因で、その点についてはエージェントも「間違っているわけではないですしねぇ、なにせ短納期でしたから、ネイティブによる修正を入れつつその線で弁解しておきます」と理解を示してくれたのですが、それ以上に問題だったのは、自分の英語表現が枯渇していたことです。

先月書いたように、とにかくこの頃は1分1秒を惜しんで馬車馬のように働いていて、自分の勉強のための時間など取る余裕がありませんでした。原稿はほぼ常に日本語ですので、インプットされるのは日本語ばかり。翻訳に必要なリサーチの一環で英語を読んだり、表現を練るために辞書や参考書を開いたりすることはあっても、英語という英語をじっくりとインプットすることができていなかったのです。リサーチで読む英語は、自分の必要な情報だけ求めて流し読みします。辞書や参考書で調べた単語や熟語も、単語帳に書き写したからといって、その後単語帳を見直し、更に意識的に使う努力をしなければ自分の語彙力にはなりません。その場その場の仕事をこなすためには役立ちますが、自分の血となり肉とはなっていなかったのです。

英語力・翻訳力が完璧になったからプロとして歩み出したわけではありません。翻訳者として向上し続けるためには、それ以前にプロ翻訳者で居続けるためには、 当然日本語と英語の力も常に磨き続けなければなりません。このクレームの一件で、英語のインプットが足りなかったことに気づかされた私は、それからは、リサーチで英文を読む際には流し読みするのではなく勉強の一環としてさんざやってきた精読をすること、外を歩く時、家事をする時は英語ニュースを聞くこと、など、その時の自分の生活の中で出来る限り英語のインプットを増やすようにしました。そしてその後、徐々に英日翻訳の依頼も増えてきて、今ではほぼ半々でやっておりますが、英日翻訳ではこれ以上できない、というくらい原文の英語を深堀りして読み解いていきますので、仕事自体もとても効果的なインプットになっています。

一度認められて、懇意にしているエージェントやソースクライアントに対しても、翻訳者としての成長・進化がなければその期待に応え続けることはできません。「信頼を築くには時間がかかるけれど、信頼を失うのは一瞬」という遠い昔、母に教えられた言葉を肝に銘じて今後もたゆまぬ努力と共に仕事に真剣に向き合い、そして楽しんでいきたいと思います!

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