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石黒弓美子先生のコラム 会議通訳・NHK放送通訳者
USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座終了。UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。ISS同時通訳コース卒業。國學院大學修士号取得(宗教学)。NHK-Gmedia国際研修室講師・コーディネーター。東京外国語大学等で非常勤講師。発音矯正にも力を入れつつ通訳者の養成に携わる。共著:『放送通訳の世界』(アルク)、『改訂新版通訳教本 英語通訳への道』(大修館書店)、『英語リスニング・クリニック』『最強の英語リスニング・ドリル』『英語スピーキング・クリニック』(以上 研究社)など。

第3回:「I started to walk in electronics in 2006???」 母音再確認の勧め

「2006年に電子産業界で働き始めた」という日本語から、タイトルの英訳が飛び出したのは、先日、ある通訳のコースで日英通訳を教えていた時のことです。「働き始めた」が「歩き始めた」になってしまいました。初級レベルの人には、英語の母音の発音についての認識が曖昧な人が少なくありません。「[wo:k]でなく、[wərk]ですね」と言っても怪訝な顔をされることがあります。下手をすると、中級、上級レベルへと進んでも、曖昧なままで、講師陣に「あの発音では卒業推薦は難しい」と言われてしまう人もいます。一方で、教える講師たちも、英語の発音については、「何か個人的なことを指摘するようで、直すのがはばかられる」「どう教えていいかわからない」という声が少なくありません。

発音改善は、今もって大半の日本人が、「見よう見真似」ならぬ「聞こう、聞き真似」で、具体的に教わることはほとんどなく、結局は個人任せなのが実情ですが、実は発音は通訳者にとって基本中の基本です。完全にネイティブのような発音をする必要があるとは思っていませんし、実際現場に出ている通訳者の発音を聞いても、すぐ日本人の英語だとわかる発音の人も少なくありません。しかし、ある一定のレベル以上で仕事をしている通訳者たちには、やはり、[work]が[walk]のように、語の意味が変化してしまう発音をしている人はいません。そのレベルではプロにはなりにくいからなのだと思います。

英語の音に触れているうちに聞取りや発音が良くなることもありますが、私は大人になってからの発音と聞取りの改善には、やみくもにただネイティブの発音を聞いて真似るのではなく、音の仕組みについてまず知的な理解をした上で取り組むことが効率的だと考えています。そこで、一番問題になる母音の発音イントネーションの仕組みを知って練習することを勧めますが、今日は標準的な米語の母音の構造をお伝えします。

その前に、私たちが英語の発音で必然的に比較の対象としてきた日本語の母音について私たちの無意識の知を意識化する必要があります。日本語の5つの母音「アイウエオ」は、口の中のどこでどのように発音されているでしょうか。それぞれの音の位置関係を確認します。「イエアオウ」と繰り返し言ってみます。「イ」の時は、下あごが上あごにぐんと近づいて、口の前の方で作られているのがわかりますか。次に「エ」と言うと、下あごがやや下がります。でも相変わらず口の前の方で音は作られます。「イ」も「エ」もfront vowelで、「イ」の方が下あごの位置が高いhigh front vowel、「エ」は、前ではあるけれど「イ」よりも低い位置で作られるmid front vowelです。

次に「ア」というと「エ」よりもさらに下あごが下がり、少し奥へ引っ込んだところで作られる感じがしますね。続けて「オ」「ウ」というと、口の更に奥へ引っ込んだ感じがしますが、共に「ア」よりも下あごが高い位置で作られています。「イエアオウ」と続けて何回も繰り返してみましょう。5つの音が口の中の前の高い位置から、中間の位置、少し低く引っ込んだ位置、更に奥まってやや高い位置、そして最後の「ウ」は、「オ」よりも高い口の奥で作られているのが感じられますか。これが日本語の「イエアオウ」の位置です。ちょうど口の中を一周する感じで5つの母音がつくられています。

英語の母音は15とも18ともいわれますが、次はこちらの全体的構造と位置関係の確認です。質の違いを理解し、正しい発音習得につなげる第1歩です。

日本語と英語の母音の関係を図と単語で示しましょう。

Beatとbit、bootとbookは、母音の長短の違いとして認識されがちですが、それは日本語には、「おじさん」「おじいさん」というように母音の長さで言葉の意味が変わるという語のペアがあり、日本語母語話者の耳は、音の長さに敏感だからです。しかし、この二つの英語のペアワードは、長さではなく質の違いとしてネイティブは認識します。[I]は、[i]より低い、[i]と[ε]の間の音、bookはbootよりも下あごをやや下げて発音します。bookが「ボック」に聞こえると思ったことがある人は、正しく聞取っている人です。

英語には、9つの単母音の他、boy [oi] , boat [ow],bow [aw],buy [ai], bait [ei]という二重母音(二つの母音の連なりではなく、口の中の1か所で音がつくられ始め、滑らかに口が動いて別の位置で音が終わる音)があります。また[r]がついた、bird[bərd],bar[bar], boor[bur], bore[bor/bɔr]を母音として数える場合もあります。workは[wərk]ですが、日本語にはない音なので、「オ」で発音しがちです。すると図で見てもわかるように、それに近い[ɔ]に聞こえてしまいます。この図を頭に入れ、それぞれの音の質の違いが確認できると、様々な母語話者の英語の発音を聞き分ける上でも役に立ちます。実際の音の確認と練習には、Amy Walkerさんの How to Do an American Accent Part 1(part 2,3などもある)がお薦めです。

*IPA国際音声記号(発音記号)を知らない人にも読みやすいよう記号を工夫しています。

第18回:大切にしたいことばの力・言語コミュニケーション– Power of words

第17回:遺伝子と文化 Genes and Culture

第16回:聞く人の身になって-「日本人はあらゆるものに神を見る」 We see gods in everything..... with a small letter “g” –

第15回:「読める漢字」 vs 「書ける漢字」 How many Kanji characters can you read? And how many can you write?

第14回:つきない勉強 The more you learn, the more you realized you have more to learn.

第13回:七転び八起き ~Difficult child 難しい子!? 多様性の一つ?~

第12回:「女性が輝く社会 A Society where women shine??」――課題は多いけれど

第11回:「どんなお気持ちでしたか?」 ~How did you feel? What did you think? しか出てこないもどかしさ。

第10回:もう一つの通訳 -本物の「包摂性」とは何か? How much do we really know about inclusiveness?

第9回:英日通訳「言葉に引っかからずに意味を取る」とは

第8回:DLS Dynamic Listening and Speaking 日英通訳力強化のために

第7回:Quick Response Exerciseとlexical approachの勧め ~自動的で速やかな英語のアウトプットのために、単語ではなく句や文でアウトプット~

第6回:順送りの情報処理 Slash reading

第5回:Listening comprehension 本当のところ、どこまで聞取れていますか

第4回:“Inaudible”??? 「聞取り不可能」

第3回:「I started to walk in electronics in 2006???」 母音再確認の勧め

第2回:Who is “’TAni-sensei”? 英語の聞き取りと発音

第1回:背中を押し続けてくれた「継続は力なり!」

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