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石黒弓美子先生のコラム 会議通訳・NHK放送通訳者
USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座終了。UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。ISS同時通訳コース卒業。國學院大學修士号取得(宗教学)。NHK-Gmedia国際研修室講師・コーディネーター。東京外国語大学等で非常勤講師。発音矯正にも力を入れつつ通訳者の養成に携わる。共著:『放送通訳の世界』(アルク)、『改訂新版通訳教本 英語通訳への道』(大修館書店)、『英語リスニング・クリニック』『最強の英語リスニング・ドリル』『英語スピーキング・クリニック』(以上 研究社)など。

第15回:「読める漢字」 vs 「書ける漢字」 How many Kanji characters can you read? And how many can you write?

「先生、ちょっと良いですか。」先日、初めて担当したある通訳学校のクラスで、授業が終わると、やや思いつめたような面持ちで、こう言って近づいてきた生徒さんがいました。「私、このクラスを取るようになってから長いんですが、なかなかうまくならないんです。同じように通訳訓練を始めた人の中には、とっくにうまくなっている人もいるのに、どうしてなのかと考えちゃってるんです。」

その日の授業では英日の同時通訳をやってみましたが、確かにこの人、仮にAさんとしておきますが、Aさんの通訳は、抜けおちた部分が多く、ほとんど内容を拾えていませんでした。自分ができていないことを自覚して、話しかけてくるのには勇気が必要だったはずです。帰り道、駅まで一緒に歩きながら話を聞くと、すでに金融関係の会社で何年も社内通訳をしているということです。いわゆる日英のウィスパリングが多いとのことで、通常業務では、内容に通じているので問題なく通訳はできている。けれども自分が知らない分野だと、英語は聞取れるけれど、日本語がなかなか出てこないのだと言います。

最近の通訳学校では、ある程度以上のレベルになると、Aさんようにすでに一定の企業で通訳業務をこなしている人も少なくありません。社内での通訳や、IRといわれる企業訪問での通訳をしている人たちで、内容の範囲が限られている会社の業務に関しては、自然と知識も深まり専門用語にも慣れてきて、しばらくすれば「一を聞いて十が分かる」状態になり、苦労することはなくなるようです。しかし、それでは飽き足らない人たちが通訳学校の門をたたくのでしょう。通訳には慣れているはずですが、内容がより広範囲になるとAさんのように、「なかなかうまくならなくて」という悩みを抱えるようなのです。

こうしたケースでは、あらためて自分の問題のありかを特定することが、問題解決の第一歩です。第一に考えられるのは、聞取りです。Aさんは、「英語は聞取れているが、日本語が出てこない」と言っていましたが、このような悩みを抱える人は、まず、本当に聞取っているのかどうかを確認する必要があります。聞取れていると思っているだけなのではないか、本当に聞取れているのかどうかです。日常業務から離れてもプロの通訳なら知っていて当然という常識レベルの音声教材を探してtranscription書き取りをしてみましょう。例えば、アメリカ公共放送のPBSやイギリスのBBCの国際ニュースなどの音声です。一般に通訳のサービスを使う人たちが常識として持っている知識のレベルで、完ぺきに聞取りができているかどうかを確認します。

最近は、こうした英語ニュースに、いつでもどこでも手軽に触れることができるようになりましたから、本当に便利になったものです。ちなみに、2月24日のPBSでは、Former Goldman exec wants to downsize big banksというタイトルのインタビューがありました。やや早口に聞こえますが、ごく普通のスピードです。音声面では、自然の連音や弱音化が起きていますし、内容はマクロな金融の問題ですから、企業通訳のレベルでも必要とされる知識のレベルと言えるでしょう。この音声を書き起こしてみましょう。原稿もウェブサイトで入手することができますから、自分が100%聞取れているかどうかをチェックでき、取れていない部分があれば、どういうところが聞取れていないのかが分かります。弱音化やリエゾンが起きている機能語部分が聞きとれていなのか、内容がある言葉だけれども、例えば、a subject of attentionをsubject of tensionなどと聞いていないか、などを見ます。

聞取りは完ぺきだということになったら、なぜ日本語が出てこないのかを考えます。原因は少なくとも二つ考えられます。音としては完ぺきに聞取れている場合でも、意味を理解していないというのがその第一の原因です。このニュースの冒頭は、”Now to another reignited debate,/ this one about the role and size of the country’s big banks,/ Wall Street, /and accountability. “ //(次はもう一つの議論の再燃についてです。それはアメリカの大銀行の役割と規模、金融業界、そしてその説明責任についてです)というものです。続いて”It’s been playing out periodically in the presidential campaign, /and is once again a subject of attention /and debate/ in the world of finance.”//(この問題は大統領選の度に浮上してきたものですが、ここにきてまた注目を集め議論になっています、金融の世界でです。)とあります。スラッシュを入れた部分で速やかに順送りの理解が成立したでしょうか。適切な訳語が出て来たかどうかはともかく、(  )の中のような理解が成立したかどうかをチェックします。書きとれていたけれども、意味の理解がずれていたということであれば、“reignite” や“It’s been playing out”という用語の使い方を知らなかったために意味が取れなかったのかもしれません。だとすると、単語や句のレベルで語彙を増やしていく必要があるということになります。この部分を聞いて、リーマンショックの話やその後のアメリカ政府の対応などが頭に浮かばなかった場合は、知識不足が原因で、reignited debateや銀行の規模がなぜ問題になるのかなどの意味が呑み込めなかった可能性もありますから、自分の知識レベルの問題かどうかも考えます。

次に、(  )で示したような訳語がすらすらと口に出たでしょうか。意味はそういう内容だと理解していたけれど、日本語にできなかったというのであれば、日本語運用能力の問題ということが考えられます。「再燃」も「説明責任」も「大統領選挙」もことばとしては知っている、聞けばすぐわかるけれど、口からすぐ出てこなかったという場合は、そうした日本語を実は十分使い慣れていないということが原因だと言えるでしょう。日本語は母語ですから、知っていれば使えると思いがちですが、通訳をしようとすると知っていても使えない日本語が多いことがすぐわかります。実は、ふだん使い慣れていないためにすぐ口から出ないことばは山のようにあるのです。英語の場合と同じように、私たちの頭の中には、「聞いてわかることばの箱」と「使えることばの箱」があるのです。

ちょうど漢字について考えてみるとよくわかります。読める漢字はいくつありますか。たぶん、数千字はあるでしょう。数万字もあるかもしれません。では書ける漢字はどうでしょうか。最近はワープロが使えるようになり、かつて以上に書ける漢字は減っているでしょう。日本語も普段使わないことばは、「聞いてわかる箱」には入っていても、「使えることばの箱」には入っていないのです。母語については、そんなことは思ってもみませんから、意識して使う努力を怠りがちですが、日本語だって使わなければ使えるようにはなりません。特に通訳の現場では、聞いたらすぐにことばが出てこなくてはならなりませんから、「聞いたらわかる」だけでは、文字通り使いものにならないのです。

Transcriptionで書けないところがあれば、音声の聞取りレベルにまだ問題が残っているということになります。完ぺきに書き起こしができても、直ちに意味が分かるかどうかが重要です。さらに、意味は分ったけれど、日本語に訳せないということであれば、それは英語理解の問題ではなく、日本語力の問題なのかもしれないのです。改めて、日本語運用能力の強化が必要です。それには使うしかありません。日本語ニュースのシャドーイングや音読により、実際に繰り返し日本語を口に出すことで、使える日本語の語彙を増やしましょう。Aさんにも同じアドバイスをしましたが、「読める漢字と書ける漢字」の例えが特にわかり易かったようです。「まさか実際に使いこなさないと、母語も口から出てこないなんて」と「びっくりポン」のようでしたが、「なやみ」解決の突破口になれば幸いでした。

第18回:大切にしたいことばの力・言語コミュニケーション– Power of words

第17回:遺伝子と文化 Genes and Culture

第16回:聞く人の身になって-「日本人はあらゆるものに神を見る」 We see gods in everything..... with a small letter “g” –

第15回:「読める漢字」 vs 「書ける漢字」 How many Kanji characters can you read? And how many can you write?

第14回:つきない勉強 The more you learn, the more you realized you have more to learn.

第13回:七転び八起き ~Difficult child 難しい子!? 多様性の一つ?~

第12回:「女性が輝く社会 A Society where women shine??」――課題は多いけれど

第11回:「どんなお気持ちでしたか?」 ~How did you feel? What did you think? しか出てこないもどかしさ。

第10回:もう一つの通訳 -本物の「包摂性」とは何か? How much do we really know about inclusiveness?

第9回:英日通訳「言葉に引っかからずに意味を取る」とは

第8回:DLS Dynamic Listening and Speaking 日英通訳力強化のために

第7回:Quick Response Exerciseとlexical approachの勧め ~自動的で速やかな英語のアウトプットのために、単語ではなく句や文でアウトプット~

第6回:順送りの情報処理 Slash reading

第5回:Listening comprehension 本当のところ、どこまで聞取れていますか

第4回:“Inaudible”??? 「聞取り不可能」

第3回:「I started to walk in electronics in 2006???」 母音再確認の勧め

第2回:Who is “’TAni-sensei”? 英語の聞き取りと発音

第1回:背中を押し続けてくれた「継続は力なり!」

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