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プロ通訳者・翻訳者コラム

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石黒弓美子先生のコラム 会議通訳・NHK放送通訳者
USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座終了。UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。ISS同時通訳コース卒業。國學院大學修士号取得(宗教学)。NHK-Gmedia国際研修室講師・コーディネーター。東京外国語大学等で非常勤講師。発音矯正にも力を入れつつ通訳者の養成に携わる。共著:『放送通訳の世界』(アルク)、『改訂新版通訳教本 英語通訳への道』(大修館書店)、『英語リスニング・クリニック』『最強の英語リスニング・ドリル』『英語スピーキング・クリニック』(以上 研究社)など。

第16回:聞く人の身になって-「日本人はあらゆるものに神を見る」 We see gods in everything..... with a small letter “g” –

日本の外務省では、日本についての理解を深め、日米の懸け橋になってほしいという期待を込めて、毎年、アメリカの各界で活躍する日系アメリカ人リーダーを日本に招聘し、様々な交流事業を実施しています。このJALD/Japanese American Leadership Programで来日する日系人たちは、三世、四世がほとんどで、日系人といえども日本を訪問するのは初めて、日本語も片言しか知らないという人がほとんどです。おかげで通訳者の出番があるわけですが、日本に来て改めて自分のルーツを再認識する日系人リーダーたちの様子を見ていると、顔立ちは日本人でも、ものの見方など「アメリカ人なんだなぁ」と驚くことが少なくありません。

それは、一つには、アメリカへ渡った日本人の一世たちやその子どもたちの二世の世代が、日本人としてのアイデンティティを残すということよりも、いかにアメリカ社会に溶け込み、アメリカ人として受け入れられるかに腐心しつつ子どもや孫たちを育てて来たという背景があるからかもしれません。もちろん、全くそのアイデンティティを捨ててしまったわけではありませんが、アメリカに渡った他の民俗、例えば中国系の人々は、チャイナタウンを各地に作り、韓国系の人々もコリアタウンを形成するなど、非常に強い民俗的団結を保っているように見えるのと比べると、日系人は、むしろ日本人としてのルーツに誇りを持ちながらも、アメリカ人になりきろうとしてきたように思えてなりません。

それにもかかわらず、アメリカと日本が戦った先の太平洋戦争中には、日系の一世、二世たちは、アメリカ政府に土地や財産を没収されて強制収容所に送られるという厳しく屈辱的な経験をしました。一方、そうした中でも、二世たちの多くがアメリカ軍に志願して、ヨーロッパ戦線でアメリカのために戦い、絶大なる勇猛果敢ぶりを見せつけて、忠誠心あふれるアメリカ人であることを証明しました。その働きによりアメリカ陸軍日系人部隊・442連隊は伝説的な部隊となりました。

数年前に死去されたダニエル・イノウエ上院議員は、この部隊の一員としてあまりにも有名な方でした。戦後も人種的偏見と闘いながら、1959年に日系人として初の連邦議会議員に就任し、アメリカ軍人に贈られる最高位の勲章である「名誉勲章」と、アメリカ市民に贈られる最高の勲章「大統領自由憲章」の両方を授与された、史上2人目の人物といわれています。来日された際の参議院議長主催の夕食会でイノウエ議員の通訳をする機会をいただいた折、議長の差し出された右手を、戦争で失った右手の代わりに左手で握り返された姿が、今でも目に焼き付いています。しかし、そんな厳しい経験をした方とは思えないほど、とても穏やかで温かい方でした。十数年に渡って、毎年JALDの一行を率いてみえる米日カウンシルのアイリーン・ヒラノ・イノウエ会長は、その故イノウエ議員の未亡人でもあります。

今年も、例年通り外務省内の国際会議場で行われた日本の次世代のリーダー養成を進めるフォーラム21との意見交換会が行われました。安全保障や経済問題の他、「日本人らしさ」とは何かがテーマです。とても興味深い内容ですが、通訳泣かせの表現が山のように出てきそうでした。その上、私には、もう一つの不安が大きくのしかかっていました。通訳のパートナーが何と、30数年前に初めて通訳訓練を受けた先生のお一人、原不二子先生だったのです。

先生とブースをご一緒するのは何年ぶりでしょうか。たくさんの通訳者が出入りする大きな国連の会議などで、別のブースに入られる先生と廊下ですれ違ってご挨拶することはあっても、同じブースに入るのは、本当に久しぶりでした。しかも、ここで白状すると、私には、何十年も前とはいえ、同じブースに入れていただいた折に、「あなたの日英はダメね」と指摘されたトラウマがあったのです。「まだ、今はよくない」という意味でおっしゃったのだとは思います。私も、心の中で「先生とご一緒では緊張のあまり出せるものも出ないことがある」と言いたかったのですが、以来これは大きなトラウマになっていました。しかしながら、今回は逃げ出すことはできません。緊張しながらも、「もう何年も前の事だから、私だって少しは日英も向上しているはずだ」と自分に言い聞かせながら、ブースに入りました。

この会合は、もともと意見交換会なので、最初のご挨拶が終わると、まさにフリーハンドの意見交換が続きます。アベノミックスの話題で出てきそうな「新三本の矢」new 3 arrowsや「希望を生みだす強い経済」rebuilding a strong economy that gives people hope for better life、「希望出生率1.8」 targeted birth rate 1.8などなど、出てきそうなフレーズを事前に考えていきましたが、しかし、曲者はテーマの一つである「日本人らしさ」です。事前にいただいたテーマの英訳では “Japaneseness” でしたが....。

幸いなことに、現場でその表現が最初に出て来た時には、原先生がマイクを持っておられました。さらりと出た先生の、”what makes Japanese, Japanese”の英訳に、グーの根も出ませんでした。何でもない訳と言えばそうなのですが、簡単に出てくる訳ではありません。これこそが、ことばについての深い理解と自然な英語の運用能力があればこそ、すらりと出てくる英訳だなぁと脱帽でした。そして、更には、「日本人は何にでも神を見ます。木にも山にも、石にすら」と続きました。私は、どんな訳をなさるかしらと、聞き耳を立てました。先生の英訳はお見事でした。しかも、聞いている人への配慮も見事です。We, Japanese, see gods in everything, from trees, mountains, even in rocks, with a small letter “g.” とすらっとおっしゃったのです。

私が指導を受けたもうお一人の田中祥子先生が、かつて“mining”(鉱業)という言葉を、「金偏のこうぎょう」と訳されたのを思い出しました。そうなのです。大先輩の通訳の方々には、常に聞き手の立場が頭の中におありになったことを痛感します。誰のための通訳かという視点が、第一義的な視点であったように思います。原先生の通訳にみた何気ない聞き手への配慮に改めて感動しているうちに、何やら私の緊張もややほぐれてきました。通訳のチームワークからは、実に学ぶことが多いことを改めて実感させられたひと時でした。

第18回:大切にしたいことばの力・言語コミュニケーション– Power of words

第17回:遺伝子と文化 Genes and Culture

第16回:聞く人の身になって-「日本人はあらゆるものに神を見る」 We see gods in everything..... with a small letter “g” –

第15回:「読める漢字」 vs 「書ける漢字」 How many Kanji characters can you read? And how many can you write?

第14回:つきない勉強 The more you learn, the more you realized you have more to learn.

第13回:七転び八起き ~Difficult child 難しい子!? 多様性の一つ?~

第12回:「女性が輝く社会 A Society where women shine??」――課題は多いけれど

第11回:「どんなお気持ちでしたか?」 ~How did you feel? What did you think? しか出てこないもどかしさ。

第10回:もう一つの通訳 -本物の「包摂性」とは何か? How much do we really know about inclusiveness?

第9回:英日通訳「言葉に引っかからずに意味を取る」とは

第8回:DLS Dynamic Listening and Speaking 日英通訳力強化のために

第7回:Quick Response Exerciseとlexical approachの勧め ~自動的で速やかな英語のアウトプットのために、単語ではなく句や文でアウトプット~

第6回:順送りの情報処理 Slash reading

第5回:Listening comprehension 本当のところ、どこまで聞取れていますか

第4回:“Inaudible”??? 「聞取り不可能」

第3回:「I started to walk in electronics in 2006???」 母音再確認の勧め

第2回:Who is “’TAni-sensei”? 英語の聞き取りと発音

第1回:背中を押し続けてくれた「継続は力なり!」

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