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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


会社辞めて地方に移住して
翻訳始めて兼業主夫と
イクメンやってみた
鈴木泰雄

第1回

会社員から翻訳者へ-未経験からの転職

はじめに――コラムの狙いと自己紹介

◆コラムの狙い

新しくコラムを連載させていただく鈴木です。どうぞよろしくお願いします。
私は大学を卒業した後、約20年間のサラリーマン生活を経て翻訳者に転じ、それから20年ほどをフリーランスの翻訳者として過ごしてきました。その間、翻訳業こそ天職だと有頂天になるときもありましたし、反対に、転身しなければいまごろは・・・と複雑な思いを抱くときもありました。プラスとマイナスの感情が交錯する20年間でしたが、そろそろ来し方を振り返り、自分の選択とその後のキャリアをそれなりに客観的に評価できる年齢になってきたなと感じています。
今回、ISSさんからコラム執筆のお声をかけていただいたのを機に、自分の翻訳者生活を総合的に、つまり、仕事の切り口からだけでなく家庭やお金や人間関係のことなど暮らし全般も含めて振り返ってみたいと思います。もちろん、昔話を聞かせようという趣旨ではありませんのでご安心を。

狭いようで広い翻訳業の選択肢

翻訳にかかわる職業に就くには、私のように実務翻訳や出版翻訳を手掛けるフリーランス翻訳者になるほかにも、派遣や直接雇用の形で社内翻訳者になるという選択肢があります。また、翻訳会社でコーディネーターなどとして働く道もあります。さらに広くとらえれば、出版社や報道機関や国際NPOなどで海外の著作物や情報を扱う仕事でも翻訳のスキルを生かせるでしょう。
このように狭いようで意外と広い翻訳という職業の選択肢の中で、フリーランスの翻訳者については日ごろ何を考え、どんな暮らしをしているのか、あまり知られていないと思います。パンダほどではないにしても、レッサーパンダ並みには珍しい職業なのかもしれません。だからでしょうか、初対面で自己紹介した相手から「翻訳家の方に会うのは初めてですっ!」とテンション高めで返されることも。ちなみに、私は「翻訳者」や「翻訳業」と名乗っていますが、そういうときは、たいてい「翻訳家」と呼ばれます。

翻訳者生活のリアルを知れば「なりたい自分」が見えてくる・・・かも

このコラムでは、そんなフリーランス翻訳者の暮らしぶりの一端を、私自身の経験をなぞりながら紹介していきます。
私には、実際にフリーランス翻訳者になって初めて見えてきたメリットとデメリットがたくさんありました。得たものと捨てたものもありました。あらかじめ、そうしたものを想定して天秤にかけたり、そこに潜むリスクを評価できたりすれば、自分に合う「将来なりたい自分」を選択しやすくなるでしょう。反面教師としてでもいいので、そのためのヒントを私のささやかなエピソードから見つけてもらい、少しでも皆さんのお役に立つことができれば・・・。それが、このコラムの目ざすところです。

◆自己紹介

さて、私の経験や考えをお伝えしていくにあたり、まず、背景となる私のプロフィールを簡単に紹介しておきます。

サラリーマン時代

私は東京で生まれ育った後、関西の大学の文学部に進学しました。ただし、専攻は英語でも英文学でもなくて社会学。もともと文章を書くことは好きでしたし、言語学系の本も割とよく読んでいました。でも、将来、英語を生活の糧とすることになるとは想像もしていませんでした。ですから、目先の試験・レポート対策を別にすれば、真剣に英語と取り組んだ記憶がありません。
大学卒業後は食品メーカーに就職。5年あまり国内の経理畑を歩んだ後、アメリカ留学の機会を得て本格的に英語との縁が始まりました。そのとき私は28歳。かなり遅いスタートです。それから必要に迫られて英語と格闘を始め、結局、通算8年間をアメリカとイギリスで過ごしました。

フリーランス翻訳者として

その私が翻訳者を目ざそうと思い立ったのは、海外赴任を終えて東京に戻った40代初めのこと。手始めとして、会社が休みの土曜日にISS東京校の実務翻訳講座に通い始めました。そこから、想定していなかった急な展開があって1年足らずで会社を辞め、東京から直線距離で500キロ、車やJRなら約700キロはある山陰地方に移住(いわゆるIターン)しました。
山陰では地元の公立大学の事務局に勤めながら翻訳修行を続けました。その間に初めての子どもが産まれたので、それを機に共働きの妻と相談した結果、私が翻訳業に専念することに。当初は出版翻訳者を目ざしていたので約10年間は出版翻訳が主、実務翻訳が従というスタイルでしたが、その後、実務翻訳に軸足を移して現在に至ります。
ちなみに、サラリーマン時代からフリーランス翻訳者に転身したころまでの約20年間に10回は引っ越しました。年賀状が届くたびに住所や肩書きが変わるので、親戚から「ジェットコースターみたい」と言われたことも。脱サラ後は転勤もなくなり、ようやくジェットコースターから解放されました。同時に、某有名字幕翻訳家と同じ翻訳業とは思えないほど地味な翻訳者生活が始まったので、日々の暮らしも動から静へと一変しました。

「1粒で2度おいしい」(?)キャリアから学んだこと

こうして社会人生活の前半をサラリーマンとして、後半をフリーランス翻訳者として暮らしてきた私ですが、脱サラをしたときには「サラリーマン経験を生かして、次は昔から興味があった“言葉の世界”に挑戦だ」くらいの単純な考えでした。いまほど景気も悪くなく子どももいなかったので、人生を「1粒で2度おいしい」(ちょっと古いですね)ものにしてやろうという軽いノリもありました。ところが、実際に前半戦と後半戦を戦ってみて、この2つの職業はキャリアのあり方が180°異なる世界だと悟りました。

◆職業キャリアからライフキャリアへ、ステップアップからフラットへ

両者の違いを図式化したのが下の2つの図です。

左がサラリーマン時代のキャリア像、右の図がフリーランス翻訳者になってからのキャリア像です。詳しくは次回以降に説明するとして、ここでは両者の特徴に簡単に触れるだけにします。

サラリーマン=「職業キャリア」×「ステップアップ」

サラリーマン時代は、将来のキャリアと言えば自分の能力を磨き、経験を積みながら社内の「職業キャリア」の階段を登っていくというイメージでした。そして、職業キャリアを右肩上がりでステップアップしていけば、自ずと暮らし全般もうまく回っていくだろうと単純に期待していました。さらに、状況によっては転職して別の会社のレールに移ることも、漠然とですが想定していました。

フリーランス翻訳者=「ライフキャリア」×「フラット」

フリーランス翻訳者になってからも、しばらくはサラリーマン時代と同じキャリア像のままでした。しかし、やがてキャリアを職業だけでなく暮らし方(ライフスタイル)全般を含むもの、つまり、より広い「ライフキャリア」としてとらえるようになりました。図ではフリーランス翻訳者という「職業」を選んだ私にとって特に重要な5つの要素として「能力・適性」「お金」「家族」「場所」「年齢」を挙げましたが、これらはどれが主でもなければ従でもないフラットな関係にあります。それらを互いにうまく噛み合わせて回していくことこそ、フリーランス翻訳者の道を歩むための要諦だと気づいたのです。



次回は私が考えるサラリーマンとフリーランス翻訳者のキャリア像の違いについて、もう少し詳しく説明します。その上で「職業」と「能力・適性」「お金」「家族」「場所」「年齢」を取り上げて、私の経験や考えを紹介していきます。エピソードを交えながらなのであちらこちらに話が飛ぶかもしれませんが、どうぞお付き合いください。

鈴木泰雄 京都大学文学部卒業。MBA(ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院)。大手飲料メーカーにて海外展開事業等のキャリアを積んだ後、翻訳者として独立。家事・育児と両立しながら、企業・官公庁・国際機関向けの実務翻訳のほか、「ハーバード・ビジネス・レビュー」「ナショナルジオグラフィック(WEB版)」をはじめとしたビジネスやノンフィクション分野の雑誌・書籍の翻訳を幅広く手掛けてきた。鳥取県在住。

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