Tips/コラム
USEFUL INFO
プロの視点
『Hocus Corpus』 コトバとの出会いで綴る通訳者の世界 和田泰治
第23回
ウクライナ “Russia’s aggression against Ukraine”
二年間にわたってお付き合い頂いた”Hocus Corpus”は今月が最終回です。これまで通訳業務の現場で出会った言葉や、日々の生活や学習で気になった表現などを取り上げてきました。特にこの二年間に触れた言葉の数々を振り返ってみますと、その多くを占めたのは新型コロナウイルスとロシアのウクライナ侵略に関するものであったことは皆さんにも容易にお察し頂けると思います。CNNのニュースなどから気になった言葉を備忘録として書き留めてきたリストを眺め返してみてもそれを実感します。新型コロナウイルスについては以前書かせて頂きましたので、今回はロシアのウクライナ侵略に関する言葉についていくつか取り上げてみたいと思います。
ロイター通信は2月24日にロシアのウクライナ侵略をこう伝えました。
After Russian President Vladimir Putin declared war in a pre-dawn televised address, explosions and gunfire were heard through the day in Ukraine's capital and elsewhere in the country, with at least 70 people reported killed.
言うまでもないことですが、ここでのキーワードは “invasion”です。 “aggression”と表現される場合もありますが、いずれにしろロシアによる「侵略」行為を表現する言葉です。日本のメディアではほぼ「侵攻」と表現されているようですが、ロシアが行っている武力による他国の主権・領土・独立の侵害行為は日本語の「侵攻」が持つやや曖昧なニュアンスからは乖離しているように感じます。因みに日本の首相官邸のホームページでも”aggression”と「侵略」の日英対訳でメッセージが発信されています。
そしてこれ以降、日本でもその戦況は日々、様々なメディアで伝えられてきましたが、今回のロシアのウクライナ侵略でよく聞かれた言葉のひとつに「偽旗作戦」があります。所謂「自作自演」です。過去にも侵略戦争を始める口実として何度も利用されてきたと言われています。
●All of these claims that we've heard of Russia, you know, planning
そして戦争ですから軍事用語や兵器用語についても数多く触れることになりました。いくつか挙げてみましょう。
TOS-1というのは地上発射ロケット弾による気化爆弾 (Fuel Air Explosive Bom)用の多連装ロケットランチャーシステム (multiple-rocket launcher)です。殺傷能力が高い非人道的兵器であり、武力紛争法で使用が厳しく制限されています。ロシアの数ある国際法違反、戦争犯罪を伺わせる一つでもあります。
ここで言う“tooth to tail ratio”は前線に対する後方支援の割合を指します。ロシアが兵站について苦戦していることは頻繁に報道されています。
これは日本でも報道されていましたが、ウクライナ軍がロシアの戦車に対して携帯型の対戦車ミサイル・ジャベリン(Javelin)などで反撃に成功した様子です。”jack in the box”(びっくり箱)という表現は、戦車の砲塔部分がミサイルで直撃され、その直下の爆薬が引火して大爆発することによって戦車の上部が吹き飛ぶ様子を表現しています。
戦争が長期化するに従い、キーフ近郊のブチャで発覚した民間人虐殺行為に代表されるロシアの常軌を逸した戦争犯罪や、無差別に生活インフラや民間施設を破壊し民間人を殺戮し続けることによって戦意を削ごうとする蛮行は、遠い異国でニュースに接しているだけの我々でさえ、その理不尽さに、これ以上凄惨な報道は目にしたくないと感じさせるほどです。戦争疲れ、支援疲れという言葉も聞かれるようになりました。しかし、侵略者に屈することの代償は遥かに大きいのだというメッセージも発し続けられています。
●The atrocities that the Russians are engaging in are just
<このpaleは柵・囲いの意味>
そんな状況の中、当初は、以前のクリミア併合の時と同様にウクライナはすぐに降伏せざるを得ないだろうと考えた人が多かったのではないでしょうか。しかし、その後ウクライナ国民はロシアの侵略に対して怯まず、団結し耐え続けています。
●The Russians don't have the same morale, the same as
*esprit de corps:団体精神・団結心(ランダムハウス英和大辞典)
ゼレンスキー大統領の巧みなコミュニケーション戦略も耳目を集めました。
●Zelenskyy understands very well that his power is actually in the
*bully pulpit:自分の主義主張を広めるために利用する権力の座/公職の権威
(ジーニアス英和大辞典)
そしてこの侵略戦争は一年近くが経過した現在も終結する気配がありません。遠く離れた地で現在も連日のように報道される戦争の悲惨な光景を直視しつつ、ただ祈るばかりの日々が続いています。
最後に本稿を故ケネディ大統領の有名な国連演説の一節で締め括らせて頂きたいと思います。
(John Fizgerald Kennedy: United Nations General Assembly, 25 September 1961)
和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。
仕事を探す
最新のお仕事情報