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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

西山より子先生のコラム 『Baby Stepsではありますが』 上智大学外国語学部英語学科卒業。総合電機メーカーにて海外営業職を務めた後、経済産業省外郭団体の地球観測衛星運用チームにて、派遣社員として社内翻訳通訳に従事。翻訳会社でコーディネーター兼校閲者を経験した後、フリーランスとして独立。主に、国際協力、地球観測衛星、原子力発電、自動車など、産業技術系実務翻訳通訳を手がける。

第3回:ご縁がもたらしてくれるもの

さて、翻訳者を目指すにあたってまずは勉強する時間を確保しなければと思い、予定の3年を6ヶ月ほどオーバーして電機メーカーを退職し、派遣社員として経済産業省の外郭団体で働くことになりました。派遣会社に登録する際に、図々しくも、できれば社内翻訳のポジションで、と希望しましたが、やはり未経験者には難しく、「簡単なメールのコレポンの翻訳もできる英文事務」との肩書きになんとか収まることができました。

ところが、時折翻訳を頼まれるメール文は、「簡単な」というのは「短い」の誤記だったのではとしか思えないような、理解し難いものばかり。

・XXSのレベル1のDRが新規に起こされました。
・問題が解決されるまでは、ADSはエポック期を別の方法で処理しなくてはなりません。
・分析装置では同じネモニクスについて異なる値が確認されています。

まず、次から次に出てくる略称が、組織名なのかシステム名なのかわからないので「XXS」が「レベル1」にかかっているのか「DR」にかかっているのか関係性がわかりませんし、「ADS」を主語にしていいのか目的語にしていいのかわかりません。「ネモニクス」なんて聞きなれないカタカナのスペルもなかなか判明しませんし、「装置」が単数なのか複数なのか・・・。

派遣先は、人工衛星を使って地表を観測し、その衛星データを解析して資源を探査するというミッションを持つ団体で、大きく、地球観測センサーの運用・センサーから得られたデータの処理・処理画像の配布を担う技術部と、画像解析を行う分析部とがありました。私は、技術部の配属で、衛星運用、データ通信、画像処理と広範な「技術」について英語面のサポートすることが求められていました。

しばらくはメールの作者を質問攻めにしてなんとか凌いでいましたが、数ヶ月過ぎると、どうも人工衛星の内側とかデータ受信局からデータ処理センターまでの通信回線など、実際に見たことのないものの話を、輪郭のはっきりしないうすらぼんやりとした光景としてしか捉えられていないから、いつまでたっても翻訳作業の効率は悪いし、なんとか訳文をこしらえても不安は残るし、要するにきちんとした訳出ができないんだ、ということに気づきました。

そこで目先の仕事をこなす為には少々遠回りな気もしましたが、リモートセンシング(遠隔から機器を使って物体などを捉える技術)、地球観測衛星、衛星計画などについて書物や資料を読むようにし、各システムセグメントがどういう働きをしているのか、セグメント同士はどう連接していて、何処の組織がそのセグメントに関わっているのか、を把握していくと、見えてくるではありませんか!

ESOD Interface Test was performed to verify the operability of L0 ingestion at GDS by receiving L0 FTD simulation tapes generated automatically at ESOD, simulating the standard data volume as well as the timely shipment.

こうした文を隅々まで克明な光景として思い浮かべられるようになると、翻訳作業も一層楽しくなり、また、より適切な表現はないか、など語学力向上にも力が入る、或いは入れられるようになりました。

結局、この財団法人には3年半勤めることになり、後半はjob descriptionにも「翻訳通訳」を入れてもらえました。また、現在では仕事の約半分が、このリモセン・人工衛星分野です。翻通の世界では専門分野を持つことが大切、と言われますが、その専門分野の見つけ方がわからずにいらっしゃる方も多いと思います。専門分野の作り方は人様々ですが、私に限らず多くの先輩方や同僚の話を聞いても、「出会い」がもたらしてくれることが少なくありません。

自動車、とりわけ自動車鋼板の世界も出会いがあって随分仕事させて頂いています。原子力も、あるベテラン翻訳者の方のお声かけでコンスタントに仕事しています。衛星や自動車や原子力発電所とは違って物理的実体のない、即ち絵に描けない分野は私にはできないわ、と金融分野は敬遠していましたが、自動車鋼板のお客様のご紹介で(←即ち、ある意味、否応なく??)債権発行体のお仕事をするようになり、また1つ世界が広がりました。

それが翻通の仕事であってもそうでなくても、「この分野がやがて私の専門になるかもしれない」と思って目の前にある業務と向き合えば、面白い、と感じながら知識を蓄積していくことができると思います。1つの単語、ひとかけらの知識が、いつどこで役立つかわからないのです。翻通を仕事にしていて本当にありがたいと思うことの1つは「無駄なことは何もない」と思えることです。

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