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プロ通訳者・翻訳者コラム
気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。
山口朋子先生のコラム 『"翻訳"は一日にしてならず --- 一翻訳者となって思うこと』 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。外資系メーカー勤務を経た後、フレグランス業界へと活動の場を移し、マーケティング他業務に携わる。その後、米国カリフォルニア州立大学大学院にてTESOL(英語教育法) 修士号を取得。日本帰国後、アイ・エス・エス・インスティテュート英語翻訳者養成コースを経て実務翻訳の道へ。現在は、医療・美容業界関連、その他雑誌・ホームページ記事やエッセイなどの分野から、会社規約・契約、研修マニュアル、取扱説明書、財務レポート他各種報告書などのビジネス文書等に至るまで様々な分野の翻訳を手掛けながら、同校の総合翻訳基礎科の講師を務めている。
第11回:翻訳は「裏方」に徹する仕事 ─ その極意と楽しさ
以前、「翻訳者は優れた『ライター』であるべき」と述べたことがあります。これはあくまでも「翻訳」作業の第一段階をクリアした上で、つまり、原文を正確に理解して適切に訳出するための基本となる技術をすべて備えた状態を前提として、「筆者の意図を正しく把握し、筆者になり切り、筆者の言わんとすることを代弁する形でふさわしい文章を作り上げる」ということです。いわば筆者の黒子に徹するということ。これは普段からISSインスティテュートの担当クラスでもお伝えしていることなのですが、これまで受講生の方々からご提出いただく訳文を拝見して感じてきたことは、「翻訳者という名の黒子として筆者と一体化し、そこに展開している世界についていわゆるあたたかい目で見つめすべてを十分理解しながら適切に再現するという作業が、何らかの形で上手に機能していないのが問題点である」ということです。特に英日で言えば、文法や構文を取り違える、原文の本来の内容・意味を取り違える、原文を無視し日本語だけをこねくりまわす、といったミスはただちに誤訳につながります。この時点ですでに筆者の意図の正しい代弁が出来ていないという事になります。
学校で翻訳について学んでいた昔、私は訳文をまとめ上げる際、とかく冗長になりがちだった気がします。もちろん英語と日本語は明らかに異なる言語ですし、それぞれ訳出時に意味を足したり、必要事項を補わなければならないことがありますが、それとは別に不要な情報を足したり説明し過ぎたりすると、筆者の意図・文章の持つ本来の内容の枠から外れ、「翻訳者の色」が出てしまいます。私も課題をこなす際に、関連する調査を行ううちに色々発見すると、この情報は役に立つなとつい訳に足したくなってしまうことや、この表現いい!ととにかく気に入った表現を無理にでも当てはめたくなってしまうことがありました。でも勿論それではダメ。あくまで代弁者としての役割に徹すべしという教訓を、身を持って学び取りました。
表現力のある方は特に、自分の言葉で語りたいと考えがちだと思いますが、それは本来作家・ライターのお仕事。翻訳者は、すでに何らかの意図を持って書き上げられた文章を的確に異なる言語で再現する、その存在が見えてはならない「黒子」なのです。
学校で、それまであまり触れる機会のなかったジャンルの文章、例えば契約書などを英文で目にした時、その一部特殊な訳し方などを学び、学習がますます楽しくなった覚えがあります。新たな知識、未知の世界に触れることは、それがどんなものであってもワクワクするものですよね。
ある時、契約書やそれに準じた文章とは少し毛色の違う文を訳していて、そこに market and sell (the products) とありました。そのまま訳せば「マーケティングおよび販売を行う」となりますが、まとめて「販売する」とする訳も可能であるとの解説がありました。それは主に契約書などで、解釈に間違いが無いよう同じ意味の語をandで結び、繰り返すことで一つの内容を確実に示す、というタイプの解釈とも取れるかもしれませんが、ビジネスの観点では、売るという事と販売に関連する総合的活動それぞれを指すのか、それらをまとめて「販売する」という範疇に入れるのかによって変わるということ、まさに字面のみ見るのではなく、その周辺全体も分析しないと訳し切れないのだと実感しました。実にさまざまなタイプの文章があり、そのフォーマルさ・カジュアルさの設定や、訳す際のルールの有無、筆者の考えを前面に出すこと、独自の文体を生かすべき種類の文なのか否か、など配慮すべき点が多くあり、すべてをクリアして完璧な訳文を完成させなくてはならない翻訳のお仕事って本当に奥深い、とつくづく思いますが、そこには楽しさも見出せます。
結局、
・翻訳者の存在が見え隠れしてはダメ
・言葉を巧みに操る力。各背景に最適な表現をさりげなく、なめらかに
・目の前にある文章に愛情を持って接し、また訳文を読む人の立場に配慮する
こういった『裏方のお仕事の心得!?が大切なんだな』と日々実感しています。
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