ホーム  >  Tips/コラム:プロ通訳者・翻訳者コラム  >  山口朋子先生のコラム 第21回:文法事項ごとに体系化した訳出感覚を磨く、翻訳文法の考え方 その2

Tips/コラム

Tips/コラム

USEFUL INFO

プロ通訳者・翻訳者コラム

気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

山口朋子先生のコラム 『"翻訳"は一日にしてならず --- 一翻訳者となって思うこと』 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。外資系メーカー勤務を経た後、フレグランス業界へと活動の場を移し、マーケティング他業務に携わる。その後、米国カリフォルニア州立大学大学院にてTESOL(英語教育法) 修士号を取得。日本帰国後、アイ・エス・エス・インスティテュート英語翻訳者養成コースを経て実務翻訳の道へ。現在は、医療・美容業界関連、その他雑誌・ホームページ記事やエッセイなどの分野から、会社規約・契約、研修マニュアル、取扱説明書、財務レポート他各種報告書などのビジネス文書等に至るまで様々な分野の翻訳を手掛けながら、同校の総合翻訳基礎科の講師を務めている。

第21回:文法事項ごとに体系化した訳出感覚を磨く、翻訳文法の考え方 その2

前回に引き続き、今回も、直訳や単なる英文解釈の枠を超えた「翻訳」という作業の完成度を高めるために不可欠な「翻訳英文法」の考え方についてお話したいと思います。前回も触れましたが、この考え方は「まず文法的な事実をルールに則って正しく把握した上で、各文脈内で一番生きた表現となるよう、品詞を変換して訳したり、態の出し方・主語の据え方を工夫するなど、構文上何らかの転換を図ったり、また訳順を変える等、工夫を凝らしながらベストな訳出を行うテクニックを学ぶ」というものです。

前回は、原文の品詞にとらわれず、自然な表現となるよう柔軟に品詞の変換を行う作業についてお話しました。今回は、「仮定法に関する発想の転換」、そして「訳し順の工夫」についてお話したいと思います。

仮定法に関する発想の転換
仮定法と聞くと、まず典型的なif節+主節/帰結節、といった形が思い浮かびますが、この形にとらわれず、仮定の意味が隠れている文というものが実は多く存在します。例えば、主語となる名詞(句)や文中の副詞句等に仮定の意味が含まれている場合などです。このような場合、直訳するだけでは非常にぎこちなく、また意味が通らない文となってしまうため、その名詞(句)や副詞句などに仮定の意味を込め、動きを出して自然な表現にする必要があります。
<例> His attendance at the meeting might have encouraged all the participants.
この文を直訳すると、「彼のその会議への出席は、全参加者を元気づけたかもしれない」となりますが、どことなく日本語として不自然ですよね。この文には仮定法とすぐに分かるif節は存在しませんが、この文の主語を受ける部分に注目すると、「might have + V. 過去分詞」という形になっています。これは、過去の事実に反する内容を示す、典型的な仮定法過去完了形、「(If ○○ have/has + V. 過去分詞 , )×× might have + V. 過去分詞」の帰結節に見られる形で、「(○○が~したら、)××は・・・だったかもしれない」という意味となります。とすると、この主語である名詞句に「もし~なら」という意味が隠れている、と考えることができるため、この名詞句を「もし~」の形へとダイナミックに変換して自然な表現にすればよい訳です。この作業により、例えば、
「彼がもしその会議に出席していたら、全参加者を元気づけたかもしれない」
といった具合に訳せば自然な訳出となります。この文全体が、既に起きた過去の事実に関する内容を示していることが帰結節からも分かるので、時制は過去で統一すれば良い訳です。

訳し順の工夫
英語には基本となる5つの文型がありますが、往々にして強調、倒置、省略、挿入などのように、語順が変わったり、文の一部が省かれたり、文中に他の要素が挿入されたり、といった特殊なケースがあります。中でも、例えば強調構文について考える場合、その典型例として「It… that~強調構文(thatはwhichやwhoなどと置き換えられる場合あり)」が挙げられます。これは、Itとthatに挟まれた部分が強調される文の形で、一例としては、
John went to the party yesterday.「ジョンは昨日そのパーティーに行った」 → これが、もととなる英語原文であるとすると、
It was John that(who)went to the party yesterday. → という構成にすることで「昨日そのパーティーに行ったのはジョンだった」というように、ジョンを強調するニュアンスが生まれます。これをさらに、強調されているのがジョンであるという視点から発想を変え、日本語構成だけを変えると、「(他でもない)ジョンこそが、昨日のそのパーティーの参加者だった」という形で前から訳すこともできます。前後関係からどの訳出処理が適切かの判断が必要となる訳ですね。
<その他の例>
・It was in this room that Mike met Jane last night.
(「昨夜マイクがジェーンに会ったのはこの部屋だった」→「まさにこの部屋で、昨夜マイクはジェーンと出会ったのだった」)
・It is only through full disclosure of all these facts that everyone concerned can know this matter for sure, and be able to state it with confidence to others.
(「関係者全員が本件について正確に理解し、また他者に自信を持って述べることが可能となるのは、これらすべての事実の完全な開示を通してのみである」→「これらすべての事実が完全に開示されて初めて、関係者全員が本件について正確に理解し、また他者に自信を持って述べることが可能となる」)
※上記各文の一部では訳順に加え、品詞の変換も行って自然な訳出を試みていることが分かります。

これらは数あるパターンのうちのほんの数例にすぎませんが、各文脈においてさまざまな訳出工夫が可能なはずです。このようにある程度公式に当てはめて理解しつつ、それぞれの文章にピッタリのアレンジを加え、自然で分かりやすいアウトプットを心掛けることが何より大切だと言えるでしょう。

最終回:翻訳愛

第23回: 類語の使い分け、コロケーションへの意識

第22回:的確な訳語の選択力をつける

第21回:文法事項ごとに体系化した訳出感覚を磨く、翻訳文法の考え方 その2

第20回:文法事項ごとに体系化した訳出感覚を磨く、翻訳文法の考え方 その1

第19回:生きた表現 -「新語」にからめて

第18回:「舟を編む」- 言葉へのこだわり

第17回:日英翻訳の要となる日本語の正しい解釈 その2.

第16回:日英翻訳の要となる日本語の正しい解釈

第15回:翻訳不可能論!?

第14回:これまで翻訳クラスを担当させていただいて ─ 授業風景のお話を交え

第13回:ご挨拶 & 翻訳者の日常とは?

第12回:今年最後の独り言 ─ 改めて考えてみる翻訳にまつわるあれこれ

第11回:翻訳は「裏方」に徹する仕事 ─ その極意と楽しさ

第10回:「翻訳の学習」を通して得た 目からウロコの訳出工夫・表現例②

第9回:「翻訳の学習」を通して得た 目からウロコの訳出工夫・表現例①

第8回:文法の大切さ ― 文法を笑う者は文法に泣く…!?

第7回:「意訳」と「誤訳」

第6回:日々のちょっとした積み重ね ─ 学習法のヒント

第5回:翻訳力アップのためのポイント その2

第4回:翻訳力アップのためのポイント その1

第3回:何故翻訳者に? ─ 私の思う、翻訳者に必要な要素

第2回:「生きた英語」に触れる生活で発見したこと。そしてISSで「翻訳」英語に出会って。

第1回:ご挨拶。

Copyright(C) ISS, INC. All Rights Reserved.