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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


会社辞めて地方に移住して
翻訳始めて兼業主夫と
イクメンやってみた
鈴木泰雄

第3回

能力・適性はあるかも。でも、どうしたら翻訳者になれるの?

サラリーマンから転身したことで、ライフキャリアのさまざまな要素をバランスさせる生活に一変しました。今回から数回にわたり、そうした要素のうち「能力・適性」を取り上げて、どのようにしてフリーランス翻訳者という「職業」に結び付けてきたかを振り返ります。

◆「3つの好き」と「3つの得意」と「3つの忍耐」

まず、翻訳者に必要な能力・適性とは「3つの好き」と「3つの得意」と「3つの忍耐」だと思います。このうち翻訳者に「なる」ために必要なのは、英語と日本語と調べ物(情報収集)が「好き」で「得意」なこと。それをベースにして、翻訳者は自分の専門分野の原文を訳します。さらに、フリーランス翻訳者を「続ける」ためには「3つの忍耐」も必要ですが、これは別の回に取り上げます。

◆フリーランス翻訳者への3つのステップ

20年前の私はTOEIC等の結果や翻訳講座の成績、それにサラリーマン時代の調査や文書作成の経験などに照らして、自分が3つの「好き」と「得意」を備えていると判断しました。

その上で、下の図に示すような「①翻訳会社への登録→②受注→③希望分野へのシフト」という流れで、実務翻訳者としてステップアップを図ってきました。今回は、このうち①と②を取り上げます。

◆入口は翻訳学校と昔の職場

さて、いきなり翻訳業界に飛び込もうとする私には仕事の当てなどなく、何から手を付ければいいかも分からない状態でした。情報交換する翻訳仲間もなく、雑誌やインターネットからは「トライアルを受けること」以上の情報は得られませんでした。そんな中で翻訳者への道の入口となったのは翻訳学校と昔の職場でした。

翻訳技術を学ぶだけではなかった:翻訳学校

実務翻訳コースに通ったISS東京校には、すでに東京を離れていたにもかかわらず、複数の翻訳会社を紹介してもらいました。また、後には某ウェブサイトの翻訳プロジェクトに声をかけてもらい、トライアルを経て受注に至りました。半ば偶然で選んだISSですが、とても面倒見がいい学校で本当に助かりました。
また、当時はオンライン授業などなく、移住後はA社の通信添削コースを受講しましたが、優秀修了者としてトライアルなしで系列の翻訳会社に登録できました。

Win-Winの構図:昔の職場

もう一つの入口は、かつての同僚や先輩からの依頼や紹介です。単発の仕事ばかりでしたが、業界用語や社内事情を熟知しているので高品質と高効率を両立できます。しかも、直接取引なので、依頼する側から見れば翻訳会社に頼むより安く、私から見れば翻訳会社を介するより高く翻訳料を設定できました。

貴重な実戦経験

このように早い時期に実戦経験を積むことはとても大切です。実戦こそ翻訳力アップの近道ですし、その実績を職務経歴に加えて次の展開に生かせるからです。

◆翻訳者の正面玄関:トライアル

こうして何とかスタートを切ったものの、仕事の幅を広げるために、そして十分な収入を確保するために、さらに受注先を広げる必要がありました。

トライアルに合格して登録。だけど仕事が来ない

そこで、翻訳会社の公募トライアルを受けたところ、複数の会社に合格。登録書類を提出して声がかかるのを待ちました。でも、なかなか電話は鳴らず、メールも届きません。たまに受注できても、単発の小さな日英案件ばかり。トライアルに受かれば道が開けるはずが、その先に、もう一つ壁があったのです。

◆「上京します!」で仕事をゲット

考えてみれば、この時点では登録翻訳者のリストに載っただけ。仕事ぶりどころか、どんなヤツかも知らない新人に、そう簡単に仕事が回ってこないのは当然かもしれません。

自分の営業マンとして

それならば、まず自分を知ってもらわないと・・・。でも、どうやって?
まず頭に浮かんだのはメールと電話。でも、一方的な売り込みメールを、まともに読んでくれるとは思えません。また、電話だと「適当な案件があれば声をかける」で切られてしまいそうだし、しつこく食い下がれば、よくある営業電話のように悪印象を残すだけです。

切り札となった「上京カード」

残る選択肢は事務所訪問――でも、飛行機代だけで何万円もするのに、挨拶だけの5分足らずで終わるかも。
その一方で地方暮らしの駆け出し翻訳者としては、東京に行きたい理由ならば翻訳関連イベント、東京国際ブックフェア、大型の図書館や書店での調べ物や本探し、大都市限定の新作洋画など山ほどありました。そこで、そうした用事を組み合わせてスケジュールを立て、「○月○日から○日まで上京するので挨拶に伺いたい」と声をかけることにしました。共働きで子育て中なので2泊3日が限度ですが、これならば事務所訪問の成果がゼロでも諦めがつきそうです。
本来ならば、売り込む側が日程を指定して「別件のついで」に訪問するなど失礼なことでしょう。でも、地方から上京する機会に挨拶に出向くのは自然なことだし、もし、先方が会いたくなければ、会議など適当な理由をつけて断ればいいだけ。逆に言えば、会ってもらえれば5分で退散とはならないはず・・・と割り切ることにしました。

つかみはカニせんべい

さて、実際に訪問してみると手土産の「カニせんべい」や「梨クッキー」から話が広がったり、「鳥取と島根ってどっちが右(=東)?」などと珍しがられたり。そこから田舎での暮らしぶりやIターンの経緯を交えながら、和やかな雰囲気の中で、登録書類に盛り込めなかった詳しい経歴や翻訳実績や得意分野を説明できました。さらに良かったのは「地方は車社会なので移動中は携帯電話に出られない」とか「週末は急な稼働が難しい」といった細かい事情まで伝えられたことです。また、せっかく遠方から来たのだからと一つ一つ机を回り、コーディネーター全員に紹介してくれた会社もありました。

◆「上京カード」は地方在住者の味方?

受注のきっかけとして

こうして訪問した後には必ず声がかかりましたし、訪問しなかった会社からは音沙汰なしでしたから、効果はあったのだと思います。
登録と受注の間の壁を乗り越える方法は人それぞれでしょう。また、独自の専門性を持つ方ならば壁など存在しないのかもしれません。そうではない私は、地方在住の翻訳者として上京カードできっかけを作りました。
現在はリモート会議が盛んですが、リアルで会えば相互理解が深まり、信頼感や親近感も増します。だから、私はその後も、ステップアップの節目に上京カードを活用してきました。

翻訳会社を見極める機会として

上京カードにはもう一つ、大事な効用があります。
選んでもらう立場の駆け出し時代は別にして、軌道に乗ってきたら翻訳者の側も翻訳会社を選ぶ必要があります。
なぜなら、翻訳会社ごとに取引条件も違えば、案件の分野や内容も違うからです。翻訳者との接し方だって違います。つまり、どこから受注するかが、収入やスキルアップやモチベーションに直接響くのです。さらに、翻訳会社に対しては数十万円から、場合によっては100万円単位の売掛金を抱えることになります。
金銭やコミュニケーションをめぐる問題が発生しても、地方在住だとすぐに駆けつけられません。だからこそ、個人事業主として安心して気持ちよく仕事を請け負っていくために、信用・信頼できる取引相手であることを自分の目で確認できる機会は貴重です。

◆着実な仕事が最強の営業活動

さて、こうして複数の受注先を開拓したら、あとは納期厳守と高品質で応えていくこと、そして、確実で円滑なコミュニケーションを図ること。そうすれば、いわばレギュラー選手としてコンスタントに声がかかるようになっていくでしょう。



ここまで、①登録から②受注に至る段階を取り上げました。次の③希望分野へのシフトを、私は「飛び石作戦」に沿って進めました。次回はこれを取り上げます。

鈴木泰雄 京都大学文学部卒業。MBA(ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院)。大手飲料メーカーにて海外展開事業等のキャリアを積んだ後、翻訳者として独立。家事・育児と両立しながら、企業・官公庁・国際機関向けの実務翻訳のほか、「ハーバード・ビジネス・レビュー」「ナショナルジオグラフィック(WEB版)」をはじめとしたビジネスやノンフィクション分野の雑誌・書籍の翻訳を幅広く手掛けてきた。鳥取県在住。

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