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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千
第5回
文系の私がなぜ理系の技術通訳をするようになったのか?
皆さまこんにちは。
春ですね。花粉が飛び交っていて、私は目を真っ赤にしながら。仕事をしています。
今回は、「文系学部出身の(高校時代物理で赤点とった)私がなぜ理系技術通訳になったのか?と題して書いています。
日本では英語科出身、アメリカの大学と大学院ではマスコミュニケーションとジャーナリズムを専攻していました。最初からテクノロジー通訳を目指していたのではありません。理系科目からは逃げていた方です(笑)。
大学院一年目の終わり、過労が原因で肺炎になり、一時帰国のつもりで帰ってきました。その休暇で結婚しましたが、また再度修士課程に戻るつもりでした。配偶者の転勤で北関東へ移住し、その秋アルバイトのつもりで応募した「日本を代表する製鉄会社」の中東への技術移管ミッション通訳のオーディションに受かり、中東へ行きました。私のような駆け出し通訳から全体会議を仕切るベテラン通訳まで勢ぞろいです。
その出張で、専門用語が確立されており、目に見える形でモノを作りあげる分野に夢中になりました。そして日本と外国の技術を結ぶという魅力に取りつかれたのです。帰国してISSの通訳学校へ入学し、卒業しました。
ある日クラスメイトが、「高校の教科書を買いに行こう。科学は発展しているので、まずそこから勉強よ」と言い、書店へ行き教科書を買いました。私は生物、化学、物理の高校の教科書を買い、内容の理解と共に、その分野の言葉に慣れるようにしました。物理自体を理解するのではなく、わからない中でもストーリー性をつかみ、文章を組み立てられる訓練をすることです。それと日本語での専門用語の取得です。
その後育児で5年ほどのブランクを経て、新聞広告で某半導体露光装置メーカーの通訳募集を知り、応募して採用されました。
採用されて現場に行っても、半導体ってなに?の状態です。
勉強をしないと一回でお払い箱になると思い、そこから露光装置の基本の物理、化学、光学を必死で勉強しました。
半導体は、資料を読んだらできるような分野ではありません。前工程から後工程までの膨大な数のプロセスを経てチップとして製品の中に組み込まれるところまで全てを理解します。その上で用語を覚えます。物理が基本なので、当時とても高価だったFeynman(ファインマン)博士のLectures On Physicsのシリーズを全部買い読みました。私は博士課程の学生ではないので、あくまでもストーリー性を追い、用語を拾いました。また対訳の「ファインマンの物理学日本語版」が出ていたのですべて買いました。英日を揃えると合計10万円以上したと思いますが、投資です。
最初は苦しかったです。物理や化学や数学を避けて文系に進んだのですから。やっていくうちに、この世の不思議とか神秘を感じるようになりました。半導体があるから、私たちの電気生活が成り立つのだと。また電気が一方向にだけ流れるのが不思議で、それを発見して技術を製品化した技術者たちへの敬意も感じました。
次は自動車です。これは次に住んだ所から某自動車メーカーの研究所が通える距離だったので、友人の紹介で始めました。自動車のことはさっぱりわからないので、やはり英語版と日本語版の本を購入して、対訳で読みました。設計図も載っていたので、そこで部品の名前や機構を学びました。そこから今日まで、自動車通訳はずっとやっています。
その次は、ITです。半導体や自動車の仕事をしているうちに、家族の転勤や転職があり、都内へ出てきたことがきっかけです。都内は地方と違い、製造業の生産拠点は限られています。家族がITの専門職なので、首都圏の仕事の分野はITに焦点を定めました。私がITに携わり始めた頃、クラウドが出始めました。ITは製造業と違って目に見えないので、掴みにくい内容です。各IT企業のサイトで勉強し、CRMなどの英語の略語を全部調べました。一つの資料で英字略語が100個もあるときもありました。今はサイバーセキュリティも含めて案件を受けています。
次は特許です。特許法律用語を学ぶため、特許明細の書き方集だとか、日英対訳特許明細書の本を買ってきて、一つ一つ用語や法律の概念をつぶしていきました。法律を理解したうえで、技術のバックグラウンドがいる分野なので、難易度はかなり高いと言えます。子供が小さかった頃、特許翻訳をしていたので、そこでマスターしました。
ここまで書くと、「ふー、盛りだくさん過ぎて、無理」と思うかもしれません。私は書いてきたことを数年間でやったのではありません。33年かけて、家族の状態に合わせてきた結果こうなったのです。最初は、製鉄の基本「高炉」も知らなかったし、自動車のエンジンとトランスミッションの違いもさっぱりわかりませんでした。ITも「クラウドって雲だよね~」のレベルでした。
理系の通訳にたどり着いた理由は、私の生活や人生の流れがそうだったからです。かなりの間、家族の都合で北関東に住んでいました。そこには工場など製造業とその研究開発機関しかありません。従って仕事もそのクライアント相手の通訳になるのです。仕事がそうだったから果敢にやってきたということ。
それから家族構成です。わが家族は私以外全員皆理系です。家庭での会話も「理系の話」が普通に行われ、「シュレディンガーの猫」の話も、冗句として話します。息子たちも科学者なので当然、創薬やエネルギーの話になります。会話がそうなので慣れてきたということでしょう。あるクライアントの方は、私は理系出身の通訳だとずっと思っていたようです。きっと話し方がそうなのかもしれません。
まとめて言うと、なぜ理系通訳を専門にしているか?は、生活環境の結果、ご縁があった、そして好きになったから、という理由です。この地球の自然現象はまだまだ解明されていません。反面、可能性も無限なのです。量子コンピュータが商用化されれば、個人の分子レベルでカスタム化された薬が開発できるようになり、癌の治療もカスタム化された化学療法が可能になります。自動運転も可能になります。あらゆる可能性を計算し最適な解を得ることが可能になる未来。
もしかしたら、タイムマシンも可能かもしれません。
理系の分野をやるのは無理と考えてる方、通訳とは実はストーリーテラーです。案件や技術分野の幹のところを理解していれば、後はストーリーにしてパッケージにしてクライアントへアウトプットしてあげる仕事ととらえています。
理系、難しい?ではこれはどうでしょう?皆さん、株や日常のことはわかりますよね?それはその言葉に慣れていてしょっちゅう聞くから。株価が上がる下がるは簡単だけど、量子がスピンアップ、ダウンするっていうのはわからない、ということでしょう。日常会話では出てこない言葉だからです。科学の内容を日常の会話レベルにまで落としこんでみてはどうでしょう?桃太郎ならできるでしょう。
桃がどんぶらこどんぶらこと川を流れてきて、逃さないようにとらえました→光子がゲートから出てきました。ロスがないように光ファイバーが捕獲しました。
桃の中にはなんとびっくり男の子が→ファイバーの中でなんとびっくりその光子はデジタル信号になりましたとさ、という風にです。
難しいと考えるのは、それに慣れていない、自分の日常会話レベルに落とし込んでいないからです。
技術は今、進化し過ぎていて理解することは難しいし、毎日来る案件を全て理解して臨むのは不可能に近いです。でも一度どの分野でもいいので、根幹を理解してみると、他の科学分野の理解はすんなりいくことが多いです。半導体での電子の振る舞いがコンピュータになったら突然変わるわけではありません。応用できるのです。
また通訳を聞いている技術者や学者は、私たちの百倍も内容を理解されているので、専門用語を全部出してあげると、私の訳がまずくても理解してくれます。ある意味、楽とも言えます。
今後の世界は益々すべてがサイエンステクノロジーの世界になっていきます。金融や医療業界も、テクノロジーとは切っても切れなくなっています。
私は高校の時、理系は本当に嫌いでした。でもストーリーとして追っていくと、この世の成り立ちや神秘を感じてとても深くて楽しいです。
個々の勉強の仕方については、また別の月のコラムで分野別でお話をしたいと思います。ではこの辺で、明日のサイバーセキュリティのお勉強をするのでさようなら!!!
相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。
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