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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
通訳キャリア33年の
今とこれから
〜英語の強み〜
相田倫千
第4回
AIとChatGPTで通訳者は不要?
皆さまこんにちは。今月はいきなり表題から入ってみました。セミナーでも、この話題は盛り上がりましたし、今は、人工知能とChatGPTなくては話題が成り立たないとまで(言い過ぎか?)言えるかもしれません。
まずAIとChatGPTを同じもののように混同している人も多いと思いますので、それぞれ定義をしたいと思います。
AIは、決められた命題に対して回答を出すもの、入力に対して適切な回答または結果を出すもの。例えば、猫の写真をAIに入力して、その回答(output)に「猫」が出て来るというものです。自動翻訳などもこのタイプの人工知能です。与えたinput(日本語)に対して最も適切なoutput(英語訳)を出します。英語から日本語の訳出でも原理は同じです。
それに対してChatGPTは、生成AIという種類の人工知能です。プロンプトと呼ぶ入力に対して、確率的に最も高くその次に来る文や回答(output)を出してきます。例えばプロンプトに、「60歳の夫婦、タンパク質が十分に取れてコレステロール値が低くてカロリー600kcalの夕食の献立を作って」と入れると、数秒でレシピ、材料と作り方と栄養成分が表示されます。入力を元に、最も適切な回答を探してきて、提案をしてくれるのです。これを実現するために、莫大な量のデータを学習させて、ある言葉を与えたときにそれに続く最も適切な文章や情報を、莫大なデータから引き出すことができるようにしています。「莫大」とは、世界中のインターネットに存在するすべての情報を言います。
最も適切な回答を引き出すという処理は、統計と演算を基にしています。言語の訳出という機能に特化はしていません。ですから、皆さんがよく言う「ChatGPT」が通訳から仕事を盗む、は違っていて、正確には「そこまでのレベルに学習された人工知能が適切なコストで実現されたら通訳の仕事も危うくなる」ということなのです。
では、本当にここ数年または10年以内にそうなるのでしょうか?
私はITも専門分野ですので、人工知能の会議やセミナーの同時通訳も担当します。スピーカーは、よく私たち通訳が仕事をしているブースを指さしながら「あの小屋(ブース)に入って今一生懸命訳している通訳さん達も要らなくなって、ロボットが代わりにブースに入るんだよ、かわいそうに、あの人たち」と笑いを誘います。これはここ20年間言い続けられているお決まりの冗句です(笑)。
まず機械翻訳についてですが、私も翻訳でDeepLなどを使います。定型文は正確に訳が出て来るし、チェックしても修正なしで使える場合もあります。しかしちょっと込み入った文章など、気を付けていないと、原文が普通でも「え???」というミスをすることがあります。人間の翻訳者であったら、絶対にしないようなミスをします。きっとデータベースにもなくてAIも困ってしまったのでしょうね。原文のパラグラフ自体をすっ飛ばして、どこかから引っ張ってきた適当な関連性のない文章で埋めているので、素人が見たらわからないでしょう。微妙に違っているけど、翻訳者レベルの日英の能力がなかったらわからない。しかし依頼企業からしたら真っ赤な嘘!というレベルの訳出なのです。Staticな翻訳が今そのレベルです。
では常に動きのある通訳ではどうでしょう?はっきりと発音され整理されたスピーチは、かなりの精度で訳出ができ、同時通訳が可能ですが、これはグローバルIT企業が行うコンファレンスでのデモンストレーションです。
現場での実際の会議やセミナーではどうなのでしょう?スピーカーさん達、若い方は特に緊張して焦って早口かつめちゃくちゃなことを言い出すこともあります。私たち人間の通訳(この言い方自体、笑ってしまうのですが)は、それを修正しながら、前言ったことと矛盾がないように訳しています。でもAIはそのまま訳します。AIには、訳や言っている内容が正しいか、30分前に言ったことと矛盾していないか、という判断は無理です。人工知能ですが、知能は持っていません。したがって過去言ったことの記憶はありませんし、ましてや倫理的に言っていいこと悪いことを判断することはできません。入ってくる情報はすべて0または1に変換されたビットにしかすぎません。AIは「その瞬間の記憶しかない」のでスピーカーが前と矛盾する間違ったことや真っ赤な嘘を言っていてもそのまま訳します。差別用語も、その場では空気読んで言わない方がいいと思われることも、そのまま訳します。
人工知能が通訳にとって代わるためには重大なハードルがあと二つあります。
一つは、人工知能の学習には莫大なデータとサンプルがいるということです。通訳が扱う内容は、特に技術関係ですと、最先端のものがほとんどで、まだ企業秘密の段階のものを扱うことが多いです。まだ世に出ていない「最先端の秘密情報や技術」のデータ(つまりスピーカーの話す内容)を、それを所有する企業が世のため科学の発展のため、学習のデータとして提供するでしょうか?皆さん、この人工知能やChatGPTの学習は誰がやっていると思いますか?
人工知能の学習には、莫大なコンピューター処理能力と電力が必要です。それこそ数十億円という単位です。結果、GAFAMといわれるアメリカの巨大テック企業などにしかできないと考えています。では、日本の企業、例えば日本を代表する自動車メーカーや通信会社、半導体などのテック企業が、テクノロジーの発展のために、グーグルやマイクロソフトにデータを供与するでしょうか?絶対にしないと思います。社内のローカル人工知能での処理と学習で、自動通訳機能構築は可能ですが、コストを考えると人間の通訳を雇った方が安くつきます。
こういうことを考えるときに、コスト効率という観点でものごとを見てみるとよくわかります。
次は社会での受容性です。皆さん、一日8時間会議に参加していると想像してください。一日中、人工知能の通訳を聞くのですが、どうでしょう?すべて正しいことを言っていると信頼できるでしょうか?今でもChatGPTやその他ソリューションの大きな欠点である「ハルシネーション」は解決されていません。要するに、真っ赤な嘘を出力するというものです。しかも、どこがそのハルシネーションなのか、どこまでが正しいのか、ランダムで発生するし一貫性がなくてわかりません。誰かがチェックする必要が出てきます。その役割は通訳が担うことになるでしょう。一人で1時間以上の会議の同時通訳のチェックをするのはメンタル負荷的にも無理です。
つまり世の中が、誤訳やでき映えの悪さに対して寛容性をもって許容できるか?ということと、誤訳が致命傷であった場合、誰がその責任をとるのか、ということがはっきりしない限り、会議を自動翻訳や人工知能に任せることはできないということなのです。そこまでするコストと今の通訳料率を考えると、どちらが企業にとってベストでしょうか?
結論は、質のいい通訳は生き残るということです。人間にしかできないことができる通訳は大丈夫です。
話者が言ったことを記憶できそれを修正する、またはイヤフォンで話者と微妙なところを確認して訳すことができる通訳。同時通訳は時間制約があるので、言葉が足りなくなりがちなので、それを補ってあげることのできる通訳。例えば「この質問は、さきほどスライド3-2に関するものです」と補ってあげると、どこの話なのかわかりやすいのです。
人工知能と同等または以下である通訳は淘汰されるかもしれません。
今の若い専門家は、英語もたけている人がほとんどです。この若い人たちが通訳を使う地位になったとき、通訳なしでという文化ができるかもしれません。こちらの方が、人工知能よりも脅威度が高いと感じます。でも通訳者が120%の訳出ができるならば、淘汰はされません。
それと規制上、機械を入れることのできない分野もあります。法廷通訳などの法律関係です。これはすべて逐次通訳で行います。同時通訳も許可されない場合が多く、またメイン通訳の他にチェック通訳がいて、訳出をチェックします。この分野は残ると考えています。
皆さん、いつの時代でも残る人は残ります。
周りのBuzzに惑わされずに、しっかりと将来を見据えて鍛錬してください。
敵(人工知能)を知って対策を立てる、これがプロとしての道だと思います。
この話題は一回で終結できないので、また扱いたいと思います。
相田倫千 大学卒業後、米ニューヨーク州立大学、オレゴン州立大学大学院でジャーナリズム学び、帰国後、ISSインスティテュートに入学。現在はフリーランスの会議通訳・翻訳者として、IT、自動車、航空機、人工知能などのテクノロジー分野と特許など法律のエキスパートとして活躍中。
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