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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

西山耕司先生のコラム 『なるようになる!』 日本大学文理学部社会学科卒、メーカーでの営業職を経て、現在は社内翻訳・通訳者として外資系企業に勤務。2009年からは、フリーランスとしても稼働開始。翻訳・通訳者として豊富なキャリアを持つ。ISSインスティテュートのレギュラーコースでは「総合翻訳・本科」「ビジネス英訳・本科」など、上級レベルのクラスを担当し、プロ翻訳者の育成に力を注いでいる。

第3回:風に吹かれて

最近「おっ!これはいいな」と思った勉強法をひとつご案内します。それは「書き取り」です。「何をいまさら・・・」と思われるかもしれませんが、単純な作業を若干アレンジすることで以下の点を含む様々な改善がみられました。

1.翻訳時の集中力向上
最初に原文を読む時から細部のニュアンスまで気を配るようになり、情報の漏れや意味の取違いを後で修正する手間が減ってレビュー時間が短縮できました。 2.通訳時のリテンション力向上
逐次でスピーカーがポーズ無しでかなり長く話しても落ち着いて対応できるようになりました。

最初に断っておきますが、私が使用しているのはイタリア語の文法教本(英国で出版された英語ネイティブスピーカー向けのイタリア語独習教材)で、書き取るのはイタリア語の例文です。方法としては、まず対象となる文章一節を一度だけ読んで内容を理解したら本を閉じます(一瞥してすぐ本を閉じるような感じが理想です)。そして記憶を頼りにノートにそれを出来るだけ正確に書き起こします。この時、一字一句完全に思い出せなくても頭に残ったニュアンスを自分の使えるフレーズでなんとか表現するようにします。

最後にそれを正解の例文と突合せます。例文どおりだった箇所はもちろん、違う表現になっていても意味がほぼ同じで文法的に間違っていなければ(セルフレビューにより判断)良しとします。間違っていれば赤ペンで該当箇所を直します。辞書等で調べても正誤を判断できかねるものは、私の場合だと、会話のレッスン時に講師に尋ねて可及的速やかにはっきりさせるようにしています。これだけです。英語を含む他の外国語や、日本語でやったとしてもリテンション能力の向上等が期待できると思います。

繰り返しになりますが、ポイントとしては例文を見ながら一字一句書き写そうとしないで、リテンション能力を鍛えるべく、例文は一瞬見るだけにとどめて、取り込んだニュアンスをすぐに書き起こすということです。 今使っている分厚いイタリア語教本は例文以外の解説が、主に英国人の学習者の為に、全てしっかりした英語で書かれています。例文の対訳ももちろん英語です。これらをきちんと読み込むことで英語表現の引き出しもかなり増えたと思います。複数の外国語を同時に学習中の方にはこのやり方(得意な方の外国語で他の外国語を学ぶ)をお奨めします。 是非一度お試しください。

先月お話したとおり、イタリア語の勉強を始めて4年半ほどになりますが、昨年末にやっと2級に合格できました。2級と1級の試験に関しては年1回のみの開催で会場の数も限られています。スクールや先生を探すだけでも結構大変です。それとは対照的に、昨今の英語の学習環境と教材の充実ぶりには目を見張るものがあります。いろいろありすぎて、どれを選べばいいのか迷ってしまう方も多いと思います。以前、通訳レッスンの受講時に聞いたある講師の一言はとても印象的でした。「あれもこれもと、少しずつかじってはやめるのはダメ。まずは目の前のものを一つやり切る。やり切った時に無駄になるものなど一つもない。」今では私が担当する翻訳クラスの受講生の皆さんや他で教えている生徒さんにいつも話しています。

同じ志を持つ仲間との情報交換や、ネットサーフィン等によって、参考になりそうな学習方を次から次へと追いかけていると、それだけで自分も勉強したような気になってしまうことはありませんか?私はありました。情報を得ることは大事ですが、量が多すぎて選択と実行に支障をきたす様では困ります。私が今でも敢えてガラケーでがんばっている(!)のはそれを踏まえてのことです。誘惑に弱く、整理整頓が苦手、でもその割には何事も紙に書かないと気のすまない私がスマホを手に入れたなら、膨大な量の情報を吸収しきれず、見出しの妙でついつい読まずにいられないネットニュースや、楽し過ぎるゲームにはまって、学習時間の捻出が困難になるのは火を見るよりも明らかです。

今の仕事道具である英語スキルのブラッシュアップはもちろん、ここまで来たらイタリア語でも翻訳・通訳ができるまで努力してみたいと思っています。AIが言語の壁を全て取り払って世界中の誰もが母国語のみで専門分野を追求できる日が早晩来るのでしょう。そして、それは今よりずっと便利で公平な世界です。恐れることはありません。ただ、そんな時代になっても私は語学の勉強を続けているはずです。それは何より、語学が好きだからです。楽しいことだけではないのもよく分かっています。仕事や試験で躓けばその都度深く落ち込むし、海外で嫌な経験もしました。それでも「ああ、やっていて本当によかった!」と心の底から思える瞬間があることを知ってしまったので、よけいに止められないのです。

今、私が英文法や英検対策のクラスを担当している他のあるスクールの同僚で、インド出身の英会話の先生に日本語を教えています。月に一度のカフェレッスンなのですが、びっしりと英語でメモが書き込まれた彼女の小学生用の国語教科書を見ると、毎回うれしくて泣きそうになってしまいます。「レッスン代を払う」と言い張るのですが、どうしてもお金を取る気にはなれません(毎回なにかしらのプレゼントをもらっています)。いざやってみると、自然に話せるようになった母国語を教えるほうが勉強で身に付けた外国語を教えるより難しいことに気が付きました。日本語教師になるための勉強もいずれ是非やってみたいです。

さて、私は一体どこへ向かっているのでしょうか?
Blowing in The Wind
好きなことをやり続けていれば、まあなんとかなるのでしょう。
では、また。

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