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プロ通訳者・翻訳者コラム

気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

辻 直美先生のコラム 『通訳サバイバル日記』 ロータリー財団奨学生として、ペンシルバニア州立大学大学院にてスピーチコミュニケーションの修士号取得。帰国後、外資系金融機関等の社内通訳を務めながら、アイ・エス・エス・インスティテュート東京校に学び、フリーの通訳に。通訳実績は多岐にわたり、経済、金融、不動産、航空、特許分野以外にも内閣官房長官プレスコンファレンス等を担当。2006年よりアイ・エス・エス・インスティテュート東京校、横浜校にて基礎科のクラスを数年間担当し、現在は東京校にてプロ通訳養成科3と同時通訳科の特別授業を担当。

第6回:最終回によせて

早いもので半年間お付き合い頂いたコラムも今回が最終回となりました。あっという間の6か月間でしたが、慣れないコラム執筆中にいろいろと自分の仕事やキャリアについて改めて見直す良い機会となりました。長年の通訳の仕事を通して一番印象に残った体験、この仕事でなければ決して足を踏み入れる事はなかったであろう現場や出会った人々について最後に振り返ってみたいと思います。

東日本大震災後の二か月間は、全ての予定されていた会議がキャンセルとなり、かつてないほどの混乱期となりました。その数年前のリーマンショック以降も、通訳市場はかなりの影響を受けたと言われていますが、この大震災の比ではありませんでした。数か月後には、徐々に落ち着きを取り戻し、訪日客も回復に向かいましたが、2012年のアベノミクスが始動するまでの一番の低迷期といえるでしょう。

震災後に一番大きな衝撃を受けたのは、被災地である岩手県陸前高田市を視察団同行通訳として訪問した時の事です。震災の翌年でしたので、まだ瓦礫の処理がやっと一段落という状況で何もない空き地が広がっているという状態でした。仮設住宅に住む方々が当時の状況を淡々と語られている内容を逐次通訳したり、震災当日のビデオを流しながら、実況中継的なウィスパリングをする中で、被災者の方々が経験された痛みを十分に表現しきれていないもどかしさと、自分の中に押し寄せる感情を押し殺す際の葛藤が混ざり、普段あまり味わう事のないこの仕事の難しさを感じたのを覚えています。

偶然にも別の仕事で同じ被災地を二年ほど経って再度訪問した時にはさらなる大きなショックを受けました。というのも同じ場所とは思えないほど変わり果てており、人工的に高台を作るための超大型ベルトコンベイヤーが張り巡らされ、山を切り崩して土を運ぶ様子は、一種異様な雰囲気を醸し出していました。その後、全く別の仕事で福島県の除染現場を訪問する機会もあり、山積みとなった汚染土が袋詰めにされてゴルフ場の近くに山積みされていた光景は今でも忘れることはできません。

もう一つの忘れられない思い出は、高齢の被爆者の方々がコスタリカで行われた反核法律家協会の国際会議に出席された際の同時通訳です。数年間広島での原水爆禁止世界大会で通訳業務をさせて頂いたご縁で、まさに地球の裏側で被爆者の体験と実情を語る際の会議通訳をお引き受けしたのですが、高齢でご自身の健康問題も抱えながら、被爆の実相を世界に伝えなければという使命感から20時間を超えるフライトをものともせず、語り続ける御姿には本当に頭が下がる思いでした。ある80代の女性の被爆者の方は、原爆投下時に妊娠されていてお子さんの健康状態にまで被爆の影響が及んだ様子を切々と語られました。我々日本人通訳が日英に同時通訳し、その英語をスペイン語への同時通訳が泣きじゃくりながらリレー通訳をしていました。これだけ地理的にも文化的にも日本からかけ離れた土地でありながら、しっかりと現地の方々や他の会議参加者の方々の心を掴むスピーチが伝わったという手ごたえを感じた瞬間でした。

陸前高田も福島の除染現場も、そしてコスタリカも通訳という職業についていなければ、おそらく訪問する事もなかったでしょう。この仕事を通じてお会いするクライアントやお仕事自体にご縁のようなものを感じる事も少なくありません。自分の想像や経験をはるかに超えるような大震災や被爆のような生々しい体験を通訳を通してどこまでそのメッセージを損なわずに伝える事ができるのか、語学力や表現力を超えた人間としての共感力が問われる仕事でもありました。どんなに卓越した話者でも通訳の知識や経験、人間力というフィルターを通してしか表現できない重責といつも隣り合わせの仕事だと肝に銘じています。

最後になりますが、半年間拙いコラム連載にお付き合い頂きありがとうございました。読者の皆様とも、将来スクールや現場でお目にかかる機会があるかもしれませんね。将来通訳を目指されている方、現在ご活躍中の通訳者の皆様にこのコラムを通じて何らかのご参考になれば幸いです。

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