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プロ通訳者・翻訳者コラム

気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

加藤早和子先生

加藤早和子先生のコラム 『いつもPresent Progressive』 南山大学卒業。特許文書翻訳、調査会社勤務を経て、アイ・エス・エス・インスティテュート同時通訳科で訓練。
現在はフリーランスの会議通訳者として、医学・獣医学、薬学、バイオテクノロジー、自動車、情報通信、環境、知財、財務、デザインなど幅広い分野で活躍中。

第2回:きっかけ

ここ数年で、アイ・エス・エスを含め、1960 年代に創業した大手通訳エージェンシーが創業 50 周年を迎えました。通訳という仕事がビジネスとして発展してきた年月ということになります。この過程においては、パイオニアと言える諸先輩方が道を開き、さらに多くの先輩諸氏がその道を踏み固め、さらに私たちの世代に至ったわけです。

1960年代以前のことは、その歴史を語る先生方の書籍や記録も色々あると思います。その後、50年ほどの間に通訳の業務量が経済の発展やグローバル化によって飛躍的に増えました。
初期においては、海外経験のある恵まれた先駆者たちが中心になり、国際会議や政治外交などの場で通訳者として活躍されたことでしょうが、筆者の世代になると通訳という職種がより一般化しており、特に英語に関しての通訳業務は質・量・分野ともに急速に多様化したと言えると思います。
かなりざっくりとした説明ですが、この流れの中での自身の位置付けを知っておくことは必要でしょう。

今回は、通訳が多様化し時代あたりからスタートした筆者の体験を記したいと思います。

何をきっかけとして通訳をするようになったか?

私の場合は80年代終盤の日本の自動車産業の海外進出が契機でした。
当初、アルバイトでしたが、特許などの技術文書の翻訳の仕事をやっていたことがあり、ある時技術英語がわかる人に自動車部品の工場で研修生受け入れ時の通訳をして欲しいという依頼があって興味を持って望んだことが最初です。
その後、大手自動車メーカーでのプロジェクトのお仕事をいただき、通訳になるための勉強の必要を痛感して仕事の合間にスクールで勉強しながらさらにプロジェクトなどの実践現場で経験を積んでいきました。
おかげさまで、その時お世話になった自動車メーカーさんは今でも筆者のクライアントです。
一番長くおつきあいさせていただいておりますが、初めの頃はベテランの技術者の方々にお仕事を通じて専門的な知識を教えていただき、技術や品質のイロハを学ぶことができてその後の通訳業務にも役に立ちました。他の分野の仕事をするようになっても、その時蓄積した基本的知識は応用することができ、とても有用でした。

通訳者はそれぞれの経緯を経てキャリアを積んできていると思います。
各々が、背景も経験も全く異なったところからスタートしているでしょうし、動機もそれぞれ、道筋は一つではありません。
文字通り十人十色で、正解もありません。
私の場合は、見慣れない工場の作業工程や、今話題になっている米国のラストベルトといわれる地域出身の素朴な人々が働く現場でも好奇心満々で通訳体験を楽しめたので、その後も続けることができました。

そこがまさに異文化体験の現場でした。
好奇心と、比較的楽観的で前向きな自分の性格も助けになったと思います。

その後は、技術系の分野を中心にその頃台頭してきたIT分野にも専門領域を広げ、今は医薬・科学分野、ビジネス、その他人文的でソフトな分野なども含めて多様な分野の通訳業務を頂戴しています。

もちろん、そのステップごとに自分に必要な勉強や訓練を続けて継続することで、今に至っています。
以上、文章に書くと単純なストーリーのようにみえますが、実際の道のりはそう平坦なものでもありませんでしたので、筆者の経験がどのように読者のお役に立てるのか、難しいところです。
こんな風に、自分を振り返る歳になってきている自分にこそばゆさを感じつつ、同時にこれから先を考えるにあたっては、身近な先輩方に刺激を頂き、日頃のお仕事を頑張っているところです。

馬齢を重ねてきただけかもしれませんが、とにかく常に現在進行形で、今できることを精一杯やるよう心がけています。

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