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プロ通訳者・翻訳者コラム

気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

加藤早和子先生

加藤早和子先生のコラム 『いつもPresent Progressive』 南山大学卒業。特許文書翻訳、調査会社勤務を経て、アイ・エス・エス・インスティテュート同時通訳科で訓練。
現在はフリーランスの会議通訳者として、医学・獣医学、薬学、バイオテクノロジー、自動車、情報通信、環境、知財、財務、デザインなど幅広い分野で活躍中。

第9回:専門分野②

暑い夏もそろそろ終わりかけ、秋の兆しもそこここに感じられる頃にこの拙文がアップされていることと思います。
近年の猛暑激暑には誰もが辟易しているでしょうが、筆者も例にもれず暑いのはだんだん苦手になってきました。早く寒い季節が来ないかな〜なんて思っています。

以前に、専門分野のお仕事といっても通訳者自身が専門家であることはほぼないということを書きました。とはいえ、依頼される業務はほとんどが専門分野です。
筆者の場合もいわゆる「理系」分野の業務は多いです。
医学然り、また様々な科学・技術・工学分野然りで、心臓疾患の手術に大動物のアナトミーから病院経営、化学物質の規制に知的財産の会議、電気自動車にF1レースなどなど・・・、学生時代にはこのようなトピックについて通訳をするようになるとは全く想像していませんでした。
でも、通訳業務を通じて勉強しているうちになんとかなるものです。大まかにロジックを理解できれば、細かい数式や統計(これも大変なのですが・・・)が不得意でも不思議となんとかやっていけるようになります。

もっとも「理系」vs「文系」で区別すること自体が全くナンセンス!
受験を念頭に高校時代から「理系」or「文系」に分かれて履修してゆくのがほとんどの日本の学校でのパターンですが、振り返れば教養という点では全く意味がないと思います。英語ができる=文系ではないですし、逆に英語は論理的な構造の言語なので数学のロジックが応用できるところがあります。
筆者も、いわゆる「文系」だったので、理系のトピックに関しては自分は苦手だと十代の頃は何故か真面目に思い込んでいました。でも、それはよく考えれば根拠のない思い込みでした。
最近はこの二分法が創造性の妨げになるということが意識されて、リベラル・アーツや芸術系分野の授業にも重点を置く理工系大学があるようです。

いつ頃からこの二分法が蔓延るようになったのかはわかりませんが、日本人=農耕民族説(長い縄文時代を考慮すれば、単純化しすぎでは?)のようなもので、よく陥りがちな単純化思考の枠組みです。
世界を単純化して眺めることができれば何となく全てを把握した気分になるかもしれませんが、それは単なる「気分」。多くの大切なことがこぼれ落ちてしまいます。創造性を生むヒントも、大抵は繊細な感覚でもって拾い上げるちょっとした事の中に存在するものです。
Out-of-boxとよく言いますが、そろそろこの二分思考の軛からは自由になりたいものです。リベラルアーツは決して軽視されていいものではなくて緩効性肥料のようなもの、知的直感を鍛えて思考に深みと幅を与えるものです。

筆者の場合、振り返れば十代にもっともっと「理系」の勉強をしておけば良かったと今ではちょっと後悔しています。でも、その後なんとなく面白いと思って履修していた大学の教養課程の授業、例えば科学史、生物学、臨床心理学などがおかげさまで無駄にならず、間接的にですが、現在役立っています。

とは言っても、通訳は毎日が格闘。依頼を受け、勉強し、準備をし、現場では想定外のことにしばしば直面するのが日々の現実です。
面白いと思える専門分野や、尊敬できる方々との出会いや体験があることが続けていられることの一つの理由ですし、この職業でなければ知ることもないような事情も知ることもできます。常に知的刺激を受けることができます。
インターネットで調べ物の効率が格段に上がりましたが、それでも最新の情報は直接当事者に取材しないとわからないことがたくさんあります。資料を読んで準備すればいいというだけのものでもなく、筆者の場合は、資料文献で理解した上で、さらに当事者また演者の口から直接確認をしたいと考える方です。
演者とお会いした時に受ける印象、話し方、人柄・・も含め、すべて大切な事前情報です。
いくらITやAIやロボティクスやSNSが発達した世の中になっても、Face-to-faceと直接対話の意義が人間社会で無くなることはないでしょう。

実際の業務の中では、特定の専門分野に関わるのは通訳業務ごとに毎回ほんの数時間〜数日間です。出来るだけ事前勉強や情報収集はしますが、多くの場合、専門家になれるところまではできません。(と、思います。)殆ど専門家と言えるレベルの通訳者もいらっしゃるかもしれませんが、筆者やこのコラムの読者にとっては、専門家ではないにもかかわらず如何に専門のトピックを必要に応じて短時間に理解するか、が課題でしょう。
自分にとって新しい分野であれば、基本的な知識も得ないといけません。最近はインターネットで記事検索も論文検索もできるし、ブログを綴る専門家もおられ、必要な基礎的知識を得るのも難しくはありません。とても助かっています。

「門前の小僧、でも経詠みはいかに・・?」程度の理解度かもしれませんが、専門家にも違和感なく響く語り口で、骨太のデリバリーができれば安心です。馴染みのない分野ですと、最初は大変ですが、経験は大きな要素でその分野のお仕事を長年積み重ねることでデリバリーも向上すると思います。

基本情報へはアクセスもでき、誰でも学習できるのが現在の環境ですから、では通訳者はどこで違いを出すのでしょうか? 全般的な理解の深度、それから表現力豊かに説得力を持って、できればidiomaticに日英・英日変換してゆくこと、かもしれません。簡単ではないですが、そこがチャレンジ。

技術やサイエンス系のトピックは、訳語も定訳がありますし論理が比較的明確ですので、通訳しやすいといえます。知識の蓄積も直接的に役立ちます。ただ、細部には神も悪魔もいる世界。理系のトピックでは細やかな精度が重要なこともあって、「てにをは」の正確な表現がとても大切になることがあります。「てにをは」ひとつで物事の関係性がcriticalに変わってしまいます。
これは科学技術関係の業務の肝腎のところですし、十分に意識して通訳をすべき場面です。専門家の会合であれば、その細かな違いが専門性の意義そのものになります。門外漢の我々にとっては、もっぱらrespectしなければいけないところです。それらが正しく再現できてはじめて、さらに次元の進んだ創造的なコミュニケーションにつながってゆくということもあると思います。

加えて、通訳のチャレンジである、そうではない部分、ソフトな、「文系」的な表現を、audienceが違和感なく腹落ちするように訳出できたら、素敵だと思います。感情や情緒、程度・度合いの表現など、言葉やフレーズにはグラデーションがあります。言葉には敏感でありたいものですが、「言うは易し行うは難し」で、毎日が修行です!

あまり深い専門分野についての話の展開にはなりませんでしたが、あしからず。

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