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西山より子先生のコラム 『Baby Stepsではありますが』 上智大学外国語学部英語学科卒業。総合電機メーカーにて海外営業職を務めた後、経済産業省外郭団体の地球観測衛星運用チームにて、派遣社員として社内翻訳通訳に従事。翻訳会社でコーディネーター兼校閲者を経験した後、フリーランスとして独立。主に、国際協力、地球観測衛星、原子力発電、自動車など、産業技術系実務翻訳通訳を手がける。

第5回:コーディネーターはキャリアダウン?

派遣社員をしていた3年半は、私にしては本当によく勉強しました。ISSにも通い、前回ご紹介した恩師S田先生から教わった勉強方法を実践し、今ではGoogle Earthなどで衛星写真は身近な存在になりましたが当時はまだマイナーだったリモートセンシングという分野について知識を積み上げることが楽しくて仕方がなく、車内吊り広告を見ながら「私だったらどう英訳するかな」と考えてみたり、語学と関係ない小説を読みながらも「この表現、今度和訳で使いたい」とハイライトしたり、言葉に触れていること自体が勉強になるという実感があり、喜びに満ちた充実の日々でした。

ですが、徐々に派遣先で部署を超えて「英語なら○○さん」と頼ってもらえるようになっていくと今度は、50人前後の小さな組織の中で英語のオーソリティの真似事をしていたところで、果たして、最終的に目指しているプロ翻訳者として通用するだけの力がついているのか、井の中の蛙になっていないか、と不安を抱くようになりました。そんな時、大学時代の親友でロシア語を専攻していたM子が、小さいながらも翻訳事務所に勤め始めたと聞き、話を聞いてみることにしました。

私の希望はもちろん、在宅翻訳者として登録させてもらい、当時の自分の力で役に立つような案件があれば翻訳の仕事を回してもらえれば、というものでしたが、M子の様子だと、やはり現実のプロの世界は厳しく、親友とはいえ新参者の私にそう簡単に回せる仕事はなさそうでした。当然ですよね。1つの組織で重宝がられていたからといって、プロ翻訳者としての実績は殆どなく、しかも分野は限られています。でも、面通しは大事ではないか、との助言を受け、とにもかくにも履歴書持って、彼女の勤めるA翻訳会社に面接に行くことにしました。

面接ではダメ元で、「将来、在宅翻訳者になりたい。今の職場でも翻訳の仕事はしているが、分野が限られているので、実績を積む上で、どんな小さな案件でも手伝えるものがあれば仕事を回して欲しい」と率直にお願いしました。すると、私と同い年・同性のB社長から思いもよらぬ提案が・・・。登録翻訳者としてではなく、社員として、コーディネーターとして働かないか、というのです。実はA社、サハリンから引き揚げてきた一家が40年以上前にロシア語の翻通斡旋会社として開業したもので、B社長の前の社長(当時会長)はロシア語ネイティブ、日本語が第2言語、大学でフランスに留学してフランス語も堪能、ということで、ロシア語・フランス語をメインに商売しており、英語はマイナー言語という特殊な会社でした。当時、社内に英語のわかる担当者がおらず、でも「翻訳会社」を名乗る以上は英語の依頼は避けられないという状況にあり、私に英語のコーディネーター兼校閲者になって英語翻訳部門の品質管理をしてほしい、ということでした。

私はあくまで「翻訳者」というプレーヤーを目指していたのであって、「コーディネーター」という裏方に回ることなど考えたこともありません(世間的にはコーディネーターの方が表で翻訳者の方が裏ですが・・・)。傲慢極まりない言い方をすれば、そのオファーは私にとってキャリアダウンのように思えました。即答できずにいるとB社長は続けて「あなたがここに1年いるのか2年いるのかわからないけど、その期間を、翻訳業界の現場を経験して人脈を作る期間と考えてもらえばいいと思うのね」とそのソフトな口調で言って下さったのです。社員としてリクルートしておきながら、私のキャリアパスを考慮して「期限付き」を前提にジョブオファーを下さったことに私は感動し、後日、熟考の末、A社にお世話になることにしました。

A社での濃厚な2年間で学んだことは計り知れません。次回は、「コーディネーター兼校閲者はミタ!」(な、長い・・・)と題して(?)詳しく共有したいと思います。

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